【物語】 シケモク
「よお相棒、元気そうじゃねーか」
黒塗りの高級車から降りてきた和服の男を一瞥し、パイプ椅子に座り煙草を吹かしていた作業服の男は舌打ちを返した。
「随分な挨拶だな、相棒」
「何しに来やがった」
「つれないねぇ」
「あんたに売る媚はねーよ」
今にも潰れそうな古びた廃工場のような工場からは、微かな機械音が軋みをあげていた。
それは、辛うじて稼動している老いた機械の呻き声のようでもある。
老いて草臥れているのは、人も機械も工場も一緒というわけだ。
「相変わらずシケた面してんな」
「大きなお世話だ」
ビールケースをひっくり返してその上にベニア板を置いた即席のテーブル。そこに置かれたアルミの灰皿のなかには、しけて草臥れたよぼよぼの煙草の吸い殻が、数本並んでいた。
それを見て、和服の男が深い溜め息をつく。
「まだシケモクなんか吸ってんのか」
「大企業の会長さんと違って、余らす金も時間もないもんでな」
和服の男は苦い顔をしている。
しかし、その顔にはどこか懐かしさが滲んでみえた。
作業服の男がシケモクを咥えて火をつける。
そしてゆっくりと煙を吐いた。
「相変わらず不味そうだな」
「あぁ、不味い」
「だろうな」
「あんたも久しぶりに吸ってみるか?」
「遠慮しておく」
作業服の男が鼻で笑って、また煙を吐いた。
「無難な選択だな。会長さんには葉巻がお似合いだ」
「嫌味か」
「妬みだよ」
作業服の男に睨み付けられ、和服の男は息をのみ言葉を返せなかった。
作業服の男はまた鼻で笑う。
「冗談だよ。ただの嫌味だ」
「……今更だ」
「あぁ、今更だよ」
「やっぱり恨んでるんだな、俺を」
「……」
「話がしたい」
作業服の男が地面に吸い殻を投げ捨てて、思い切り踏み潰した。
「今更だって言ったじゃねーか」
作業服の男が吐き捨てるように呟いた。
「頼む」
「悪いが、今更あんたと話す事はない。もう休憩は終わりなんだ。帰ってくれ」
作業服の男は背を向けたままそう告げ、工場内に入って行った。
和服の男は唇を噛みしめ空を仰ぎ、息をひとつついてから踵を返して、運転手の開けた車のドアから身を屈めて後部座席に鎮座した。
車が発進し、工場の敷地内から出る。
相変わらず工場からは、草臥れた老人の泣き声のような機械音が軋みをあげていた。
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