【物語】 罰の在処

罪人を乗せ小舟がゆく。
男と乗り合わせるは、二人の女。
骸骨に艶髪を纏わせて、それを大事そうに抱える老婆。
それと、赤子の亡骸を抱いている若い女。
裁きの刻をそれぞれ黙して待つ者たち。
「間もなく、風の刃が通りやす」
能面の船頭が告げる。
裁きの刻。
刹那、一陣の風の刃が川縁の花首を断ち、川面に落としてゆく。
背後で音がして男が振り返ると、小舟の床に老婆の生首がごろりと転がっている。
それに寄り添うように、艶髪の骸骨が転がる。
やっと救われたと言わんばかりの幸福に包まれた表情を浮かべている。
舟がぐらりと揺れた。
「間もなく、針の雨が降りやす」
能面の船頭が、また静かに告げる。
裁きの刻。
次は己の番かと身構える男を避けて、無数の針の雨が若い女の躯に突き刺さる。
小舟が血の海に染まる。
若い女もやはりやっと救われたとばかりに、何とも言えぬ幸せな表情を浮かべながら息絶えていた。
若い女が抱えた赤子の亡骸の表情も、よく其れに似て何とも愛くるしかった。
二人の女から流れ出た血は、軈て花びらとなり無数の花骸の塚となる。
二人の亡骸は花の骸に覆われて、其処に青い蝶が群がっていた。
男は幼き娘の文を懐から出して眺める。
次こそは己の番と、男は幼き娘の文を握りしめながら裁きの刻を待つ。
しかし、その後に続いたのは沈黙のみ。
能面の船頭からの宣告がないまま、小舟が始末処に向けて進む。
男が痺れを切らして尋ねようとした時、漸く能面の船頭が口を開いた。
「間もなく、川面に罪が映りやす」
ぐらりと舟が揺れ、川面に起きた波紋の中に娘の顔が浮かびあがる。
男は驚愕して身を乗り出す。
其処に映ったものは、男が金の為に売った娘の凄惨な人生と、その果ての悲惨な末路。
男から血の滲んだ涙が流れ続ける。
「旦那の罪の始末処は、此の舟じゃあありやせん」
能面の船頭が小舟を漕ぎながら続ける。
「旦那の裁きは死じゃあありやせん。真の裁きは生でありやす。裁き処は陸に上がった先にありやす」
男は娘の文を握りしめ、涙を必死で拭った。
軈て、女郎長屋のあるお歯黒どぶの近くの船着場にて小舟は静かに停まった。
「到着でやす」
能面の船頭が裁きの刻を告げた。
男は立ち上がり小舟から降り、そして罪の始末処の陸に上がった。
男は意を決して前を向く。
「かたじけない」
能面の船頭の表情が、心なしか一瞬和らぐ。
男は一礼して、躊躇なく歩みを進めた。
その後ろ姿を見送り、能面の船頭が再び小舟を漕ぐ。
軈て、小舟は幽か朧となり闇夜の中へと消えていった。


                                                           ─ 完 ─

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