【短編】 告白 2

❮作家なる男の独白❯

彼女たちは口々にこう言ったのだ。

──先生は人間失格ですわ

はて、人間失格とは人間の資格を失ったものということだと解釈する。すると、僕は人間ではないという事なのだろうか。人間ならざる生きものとなるのか。
うん。それは天使が堕ちて堕天使となったように、僕も堕ちて堕人間となったという事か。
僕は堕落した人生を投げやりに生きている。
彼女たちはそれを揶揄するように、そう言ったに過ぎないのではないか。
彼女たちというのは、勿論僕の愛人たちの事である。妻との間に子供はなく、愛人たちに子供は産ませてやった。家にはほとんど帰っていない。数人の愛人の家を順番に訪れては、居候となって暮らしている。飽きれば、次の愛人のもとへという具合だ。勿論、居候なのだから生活の面倒は全て愛人にしてもらう。無論、金も愛人が全て賄う。当然といえば当然だ。
それはそうであろう。僕は束の間でも、彼女たちに『妻』という夢を見させてやっているのだからな。それにちゃんと父親らしく、子供たちを可愛がってやっているんだ。これで何の文句があるというんだ。理解に苦しむ。僕は可愛い愛人たちに、ちゃんとしてやっているんだ。
それなのに何故、人間失格と言われなければならないのだ。
甚だ不愉快である。

 最近、筆がますます乗らなくなってきた。昔は難なく執筆できていたものが、今は白紙の原稿用紙と睨めっこをするばかりだ。執筆をする時は家に帰り、妻の世話となる。妻は久しぶりに帰ってきた夫に文句ひとつ言わずに、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。若い愛人たちのもとから久しぶりに妻のもとへ帰ると、何ともやるせない気持ちになる。妻がまるで老婆のように見えるからだ。何とも不憫極まりない姿なのである。白髪も増え、腰も曲がり、漸く生きているような弱々しさ。男に愛されなくなった女は、あぁも醜い姿になってしまうのかと、憤りと悲しみを同時に覚えた。
妻と顔を合わすのが辛くなり、早急に愛人の家に避難した。そしてその妻の悲惨な姿を、彼女たちに聞かせてやった。彼女たちは妻の無惨な有り様を知って、さぞ老いぼれた妻の醜態ぶりに自らの美と若さを誇り、優越感に浸りながら喜んでくれる、とばかりに僕は思っていた。
僕は驚愕した。
彼女らは僕の予想に反し、真逆の反応をしてみせたのだ。
彼女らは一様に、僕に冷ややかな非難の目を向けたのだ。そして、僕に口々にこう告げたのである。

──先生は人間失格ですわ


                                                              3につづく

 

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