夕暮れ道はどこまでも
私は授業よ。
個別進学塾の講師が、能動学習として独自に考案、改良を重ねてきた私。
講師が生徒に教える、旧来の私ではないわ。先生役の生徒を導くニューモード。
『いや~素晴らしい』
初老の講師は、孫と言って通用しそうな生徒が模擬授業を終えると絶賛する。
うふ。そうね。
微笑ましい風景だわ──
☆☆☆
こんにちは。フジミドリです。
今日の私物語は新時代の教育が題材です。受験業界に身を置きまして、30年が過ぎた現役講師の私。一家言はございます。
note歴3年を超え、これまで何度か授業風景についてお伝え致しました。
とはいえ、授業を視点人物に据える初めての試みですから、ワクワクして参ります。
では、教員志望の大学受験生に、鎌倉時代の歴史を指導した時の再現です──
☆☆☆
『キミとしては、まだ不満があるかもしれないけどね、3ooo人を教えた私から見て、なかなか立派なもんだよ』
言葉を繋ぎつつ、講師は生徒の心理状態を窺っている。姿勢や仕草、表情と呼吸、そして全身から滲み出る雰囲気で。
いきなり批評はNGよね。
まずは一体感。相手の状態を感じ取って同調するから、周波数が合っていくの。
☆☆☆
『確かに所々で行き詰ったけどさ、あれって誠実な姿勢の顕われだよ。つまりね、正しく伝えなきゃって迷いが出て止まるわけ』
生徒の欠点を挙げながらも、一つずつ丁寧に解説するから、個別ブースで漂う緊迫感は薄らいでいく。
講師は、ホワイトボードの横で立っていた生徒を、机の前にある椅子へ座らせた。
☆☆☆
言いたいことは一つだけ。
よくやった、これでいいぞ──
でも、その一言が効果的に響くよう演出するの。話しながら、生徒の反応に合わせつつ、即興で言葉は紡がれていく。
生徒も気づいている修正点。どうしてそうなったか、自分ではわからない。だから、講師が紐解いて、どうすればいいか示す。
これでなければダメと断定しない。こうしたらよいと押しつけもなく。こんな方法もあるという柔らかな紹介。
☆☆☆
うふ。そうよね。
これなら聞く気になるわ。
生徒は神妙な顔つき。アイパッドにメモる。時おり頷いたりマスクの下で笑ったり。前屈みだった姿勢が起きてくる。
肯定されたいの
認められて嬉しい
否定されたくないわ
たとえ自分に非があると解っても。どうにかしなくちゃいけないと悟っていても。
☆☆☆
『歴史なんて脚色だからさ』
講師の言葉に生徒は虚を突かれて驚く。でも説明を聞くうち、仰け反った背は元の位置へ戻り、見開かれた眼に輝きが宿る。
つまり、源頼朝に会った人も、義経が何を話したか聞いた人も、この世にはない。
そういうこと。
うふ。文献なんて信用できないわ。信用しなさいって言い張る権威者こそが怪しいの。
『物語なんだよ』
☆☆☆
歴史と向き合う講師の熱意は、波のように空気を伝わり、生徒の心で響き出す。共鳴現象ね。目に見えず耳で聞こえない。
でも、私が感じてる。
『大切なのは、先人の生涯をキミがどう理解して、日常にどこまで活かせているか伝えることなんだよ』
この言葉、生徒の心に刺さった。
うふ。講師も驚いてる。自分で言ってビックリ。そういうもの。お互いの共感から、言葉が自然に生まれ出るんだわ。
☆☆☆
佳境を迎えた教育改革。変わり始めた入試。学んで覚えるだけじゃ点にならない。
必要な知識は、マンガやイラスト入りの参考書、詳しい動画で覚えちゃう。教師も学校も変わらなきゃ。そういう時代なの。
これまで通りの私、もう不要。
生徒が調べ発表する。自問自答で問題提起。学ぶ者同士の活発な議論。助け合い、協力して創造する。競争ではなく協創へ。
☆☆☆
『これからの教師は何ができるのか、誰もが模索してる。でもね、まず大丈夫って在り方を信頼することなんだよ』
「大丈夫なボクとして取り組むんですね」
『キミの生徒を想像して励まそう。テストで焦って硬直。何も浮かばず、問題文は頭に入らない。点が取れない生徒だよ』
「それってボクです」
『おやまあ。なら、今の自分を俯瞰する。生徒に見立て激励したらいいね』
☆☆☆
講師が語るにつれて、浮かんでくるのは変えられない済んでしまった過去の自分。その隣へ、こう在りたい未来の自分を添える。
過去と未来の自分を並べ、時間のない四次元空間を生徒へ伝えようと言葉を尽くす。
『すべて今ここなのさ』
すると、ふんわり広がって、生徒の意識空間へ浸透し始める。意識が先で言葉は後。
☆☆☆
『寝る前に今日を振り返るといいよ。あれは良くてこれがダメ。ならば、明日はどう在りたいか。自分の中真に問い掛けるのさ』
「そっか。受験が終わっても、ボクの人生は続いていくんですよね。社会に出たら、正解なんてないもんな」
『先生役を熟せたキミなら、今度は出題者の在り方で取り組めばいい。社会に出ても同じだよ。みんな自分と思うのさ』
「ボクは先生と出会えてよかったです。受験勉強より、大事なものを学びました」
『私の道はもう夕暮れさ。けれども、キミはこれから朝陽と出会うんだ』
☆☆☆
さあ、今日の私はお仕舞いよ。
何もかもこれでいいわ。
明日はまた、別の風が吹く──
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12月11日まで13回連載の中日です。
お読み頂き、ありがとうございます!
次回の私物語、11月6日午後3時☆
明日午後6時は西遊記で創作談義♡
ではまた💚
ありがとうございます🎊