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聞き返される飼い猫の名前【エッセイ】

猫を二匹飼っている。
オスメスのきょうだい猫。

メスの名前は〈グリ〉といい、オスの名前は〈ヨッホ〉という。
両方とも妻が名付けた。
我が家では二匹まとめて〈グリヨッホ〉と呼ぶ。

「猫を飼っているんですよ」と言うと、まず大抵名前を聞かれる。


「メスの名前はグリっていいます」
答えると相手はうんうんと頷く。

〈グリ〉は分かりやすい名前なのだろう。
『ぐりとぐら』という絵本もあるし、動物の名前として受け取りやすい言葉らしい。
しかしこの後。

「オスの名前は、ヨッホです」

そう続けると、相手の顔がにわかに曇る。そして申し訳なさそうに聞き返してくる。
ごめんなさい、今、何ちゃんって言いました?


〈ヨッホ〉は日本語の並びからちょっと外れている。
だから初めて聞いた時に上手く耳に入ってこないのだと思う。
他に似たような言葉もない。
しいていえば「やっほー」が近いけど、「やっほー」はかけ声? あいさつ? だから、猫の名前の予測変換には入らないだろう。

種を明かすと〈ヨッホ〉はドイツ語である。
正確に言うとスイスの地名。
夫婦で旅したアルプスの観光地〈ユングフラウヨッホ*1〉からとっている。

この「ヨッホ」という少し間の抜けた響きを、妻が「可愛い」と気に入ってしまい、旅行中ずっと「ヨッホ」「ヨッホ」言っていた。

猫二匹が我が家にやってきたのはスイス旅行の次の月で、「ヨッホ」の響きを忘れられなかった妻がそのまま〈ヨッホ〉と名付けたのである。
その響きの通り、なんだかおっとりしたオス猫に育ってしまった。

片方がスイスの地名なのだからもう片方もということで、滞在していたアルプスの村「グリンデルワルト」から〈グリ〉が名付けられた。
こっちは家中を飛び回る、イタズラ好きのメス猫に育った。


〈ヨッホ〉の名前を聞き返してくる時、相手はとても気をつかってくれるのだけど、私達は全然気にしていない。
むしろ〈ヨッホ〉の名前のユニークさを再確認し、内心喜んでいるくらいである。
聞いた人も、最初はしっくりきていなくても、ヨッホヨッホと舌の上で何度か転がすうちに馴染んでくるようだ。
そして晴れやかな顔になって言う。

「ヨッホちゃん! いい名前ですね!」

〈ヨッホ〉の可愛さを発見した瞬間を見るのは、いつも楽しい。


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*1 アルプスの名峰、ユングフラウとメンヒの間の稜線にある地名。ユングフラウは乙女の意味で、ヨッホは鞍(くら)という意味。眺めると確かに馬につける鞍のような形をしている。
ヨーロッパ最高峰の駅や世界遺産の氷河を眺める展望台などがある。楽しい観光名所だが、なぜかLindt(リンツ・高級チョコレート店)やTissot(ティソ・高級腕時計店)があり、酸欠気味になった観光客がふらふらと引き寄せられ、スイス経済への貢献を求められる。
特に高級チョコレート店は、真っ白な氷河の光景から一転、チャーリーとチョコレート工場のような色とりどりの世界に放り込まれるので、脳がとてもついていくことができない。店員がチョコレートボールをただで配っているのだが、誘拐される子どもみたいな気持ちになる。

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仕方のないことだが、エッセイで「スイス旅行」などという単語を書いてしまい、ハイソな雰囲気を出してしまった。
申し訳ありません。


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