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渋滞を好きになったわけ【エッセイ】

変わった人間だと思われるかもしれませんけど、ぼくは渋滞が結構好きです。
高速道路で十数キロも続く、あの渋滞です。

昔からこんな異常な人間ではありませんでした。
子どもの頃はひどく車酔いをしたので、長距離のドライブはまさに拷問でした。渋滞にはまると終わりの見えない地獄です。まったく少年時代の憂鬱な思い出ですね。後部座席に寝転んで、ひたすら苦しんでいました。

免許を取ってからも渋滞は嫌いでした。
一番最初に乗った車がマニュアル車だったのですが、友達と温泉に行った時に、あろうことか急斜面の山道で渋滞にはまってしまいました。一度に1メートルずつしか進まないのですが、停止する度に坂道発進になります。気を抜くと後ろに下がって、追突事故を起こしてしまいそうで、気が気じゃなかったです。クラッチを踏ん張りすぎて太ももがるかと思いました。

でも人間というのは不思議なもので、嫌いなものを摂取しすぎると、逆に好きになってしまうことがあります。
例えば、ビールなんて分かりやすいですよね。
最初は苦いだけと思っていても、繰り返し飲んでいるうちに、あの苦味がクセになってくる。

2009年、当時の民主党政権が行った施策、「高速道路休日1000円」を覚えていますでしょうか?
休日にどれだけ高速道路に乗っても1000円かぁ。じゃあ、行けるところまでいってみようと、貧乏性のぼくは東京から青森の弘前までドライブすることにしたのです。ただ時期が悪かったです。ゴールデンウィークのど真ん中。考え無しもいいところです。

フタを開けると恐ろしいほどの渋滞でした。そりゃそうですよね。日本国民、このチャンスにみんなこぞって高速を使って出かけていますから。
栃木の那須のあたりから、仙台を通り越して盛岡くらいまでほとんど渋滞だったと記憶しています。
ひま潰し用にMacbookに大量の音楽を入れて持ってきていたのですが、肝心のバッテリーがまったく充電されていませんでした。電源を入れて5分でブラックアウトです。ぼくはたまにこういうヘマをしでかします。そもそものところで、うっかりをかますのです。
お気に入りの音楽が聴けないと判明した瞬間に、気分がズンと重くなってしまいました。いったいこれから車中で何をして過ごせばいいのでしょう。青森までいったい何時間かかるか、まったく予想できないほどのペースの遅さです。断っておきますが、もちろん隣りに彼女などいません。一人旅です。
まあせっかくのゴールデンウィークです。泣き言をいっても仕方ないので、カーラジオをつけました。AMは入りにくいので、FMで適当なチャンネルに合わせました。

FMラジオは電波の届く範囲が数十キロしかありません。なので、長く高速を走っていると、必然的にその土地その土地のローカルFMを渡り歩くことになります。ネットサーフィンならぬ、ラジオサーフィンです。
栃木から福島、宮城、岩手、青森と、東北縦断でゆる〜いローカル番組を聞いていくことになったのですが、これがぼくに変化をもたらしました。

恐らく日本史上屈指の超渋滞にはまり込んでしまったぼくは、遅れをリカバーするべく、夜通し走り続けていました。
気がつくと、ラジオから聞こえてくる声が、いつの間にかアナウンサーの清澄なものではなく、地元感まるだしの方言に変わっています。
ライブハウスを経営しているおじさんが、バンド仲間と一緒に音楽トークをしています。あるいは、女子高校生達が最近配られた定額給付金をお母さんに横取りされたと文句を言っています。
おそらく予算がないからでしょう。放送枠を一般の人や高校の放送部に渡して、番組を作っているのです。
もうかれこれ朝から12時間以上、一人で運転をしていたぼくの耳に、東北弁のゆるいおしゃべりがじわっと染みこんでいきます。
なんだか居酒屋やファミレスの席に座って、話を聞いているような感覚です。他愛ない話であればあるほど、何だか面白い。
いやもっと原始的な、たき火を囲んで話をしている感じですかね。人の声そのものによって、心を暖められている感覚です。
実際のぼくは、ひとり真っ暗な道の真ん中でハンドルを握っているわけですけど、黙って耳を傾けていると、自分が渋滞にいるという現実から心が離れていきます。
ぼくはこのラジオサーフィンが気に入ってしまいました。
幸か不幸か、聞く時間はたっぷりありました。
青森につくまで、丸々24時間かかりましたし、帰り道も19時間かかりました。本当に長い道のりでした。
その間、ずっとローカルFMを流して、ぼんやりと聞いていました。

こういった経験をしてから、あまり渋滞が苦ではなくなりました。
むしろ渋滞=瞑想に近い感覚になっているのだと思います。
ちょっと自我を一旦脇において、FMラジオを聞きながらリラックス、という感じです。
さすがにまた同じように24時間かけて青森まで行こうとは思いませんが、1、2時間の渋滞ならわりと快適に過ごせています。
自分でもずいぶん変な感覚を持ってしまったなぁと思うのですが、まあ蓼食う虫も好き好きということですかね。



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