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本についてのあれこれ【エッセイ】

太宰治の『人間失格』を読みました。前に読んだのは大学生の頃だと思うから、約二十年ぶりということになります。
僕はあまり太宰作品が得意ではないのですが、素直に面白かったし、小説の上手さにうなったりもしました。学生時分に読んだ時よりも全然楽しめた。
名作っていうのは人生経験を重ねてからのほうが、面白いんじゃないですかね。ぶっちゃけ二十年も経てば内容も九割がた忘れているし、かつて読んだ名作を再読するのも、一粒で二度美味しくてお得なのかも知れません。

最近は古典を読もうとしています。先週は『ドンキホーテ』(抄訳版)を読了しました。今は『イリアス』を読み始めていて、次はそのまま『オデュッセイア』に行くか、『ファウスト』に挑戦しようと目論んでいます。
でも、古典文学って読むの大変ですね。使われている文体がどうしても古くさいし、文化や社会背景も違うから、全然頭に入ってこない。
iPhoneで読んでいるんですが、就寝前にベッドで横になって読めるのが本当に助かります。古典文学を寝転びながら読むなんて(そしてそのまま寝落ちするなんて)、不真面目で怒られそうですけど。

古典を手に取っているのは、世界の名作に触れて感動を味わいたいってのもありますけど、どちらかというと「元ネタを押さえておきたい」っていう、いやらしいウンチクおじさんのへきのほうが理由としては強いかもしれないです。
この「元ネタ押さえておきたい」という欲求は、文学だけにではなく、映画や漫画、アニメにまで派生します。今の時代はAmazonとNetflixの恩恵で、お望みのものがたった数回のタップで手に入っちゃいますからね。こんなことやってちゃ人生が2度3度あっても足りないです。あ、ゲームもあるか。

もし僕が(というか僕の世代が)老人ホームに入ることになったら、そこにはファミコンとスーパーファミコンとプレステとセガサターン、そして大量のソフトを置いておいてもらえれば、大丈夫だと思います。きっと死ぬまでそれで暇つぶしできますから。じいさん同士でストⅡや、バーチャやもも鉄やって楽しめますから。認知症が始まれば、RPGを何回クリアしても飽きることないと思うんで。いや、指先を使いまくるので、ボケないかもしれないですね、ははは。いや、冗談じゃなく本当にゲーム機を置いておいてほしいと思っています。

話を本に戻しますが、未だに毎日のように本を買っているので、きっとこの積ん読うちの大半は僕が死ぬまで積まれたままなのだと思います。余生でひたすら読書暮らしをすれば追いつくかも知れませんけど、期待はできないですね。Kindleがあって本当に良かった。データは積んでもかさばらない。
僕はもともと物質としての本にあまり価値を感じていなくて、なるべくコンパクトに文庫で揃えていたタチでした。電子書籍にも当初からまったく抵抗がありませんでした。中身が読めれば媒体は基本何でもいいというタイプです。
でも、先日実家の物置部屋を大掃除した際に、まちがって自分の本が全部売られてしまったのは、流石にショックでした。母にちゃんと説明しておかなかった自分の過失もあるのですが、一冊も残さず中古書店に持っていかれてしまいました。見事に空っぽだった。
学生時代の自分が揃えた本がごっそり消えたのもなかなかの喪失感ですが、亡くなった父親の蔵書から引き抜いた本もあったので、そっちのほうが残念かもしれないです。
でも、実家の物置に積んでおいても日の目をみることはないので、中古書店にもらわれて良かったような気もします。こういうのも諦めが肝心です。ちなみにそこそこの金額になったらしいのですが、僕には一円も入ってきていません。

実は娘が生まれたことで、自分の蔵書を実家に移しています。すべて段ボールに入れて、宅急便で送り、その実家の空いた物置に突っ込んでいるわけですね。模様替えをするためにとった苦肉の策なのですが、本が手元にないと、どうも顔が濡れたアンパンマンのように力が出ません。さっきは「本なんてKindleでいいや」と言っていたので、明確な矛盾なのですが、元々あった本が無くなると、自分の中の知識がポンと消えてしまったようで落ち着かないんです。
居間にある作り付けの棚を本棚として使っていたのですが、ここを奥さんと娘にわたしたので、別途本棚を買いました。血迷って、あやうく十万円もするスライド式の本棚をポチりそうになりましたが、すんでのところで正気を取り戻しました。危なかった。失ったものを歪んだ形で取り戻すところでした。こうして人は邪悪に染まってしまうものなのですね。

本をめいっぱい詰め込んだ段ボールが積み上げられているのを見ると、ポール・オースターの『ムーン・パレス』を思い出します。大学に合格した主人公が、都会で一人暮らしするシーンから始まるのですが、貧乏学生の彼は家財道具を何一つ持っていません。あるのは、合格祝いに叔父さんからもらったという、ぎゅうぎゅうに本の詰まった大量の段ボールだけ。彼はその段ボールを部屋の真ん中に並べ、ベッドにして暮らし始めます。毎晩そこから一冊ずつ本を取り出しては仰向けになって読み続け、空になった段ボールは潰して片付けていく。学生生活が終わる頃には段ボールのベッドは消えていて、知識の詰まった新しい自分がそこにいた。そういう冒頭です。青春小説として珠玉の冒頭だと思います。
本当はこういう格好いいことをやりたいんですが、家庭人はそこまで無頼な生活はできませんね。そんなこと昔もやってませんでしたけど。

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