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水族館の秘密

ねえ、水族館の秘密、知ってる?

水族館を思い浮かべてみなよ。
暗くて、美しい水槽が光っている。
静かでロマンチックで、非日常的な空間。

水族館と言えば、そんな感じでしょ。

だけどね、本当は……

水族館が静かなんてとんでもない。
むしろ、耳をふさぐくらい騒がしい。

だって、水槽の中は、魚たちの大合唱なんだから!

魚たちはみんな、好みの音楽を持ってる。

サメたちはロックが大好き。
淡水魚はゆったりとしたバロックを奏でる。
熱帯魚たちはテクノポップってところ。

みんなみんな、歌ってるんだ。

え、聞いたことないって?
そりゃ、水槽の分厚いアクリルガラスがあるから聞こえないだけさ。

だけどね、掃除のために水槽に潜ると、魚たちの歌声が水槽いっぱいに溢れてるのが分かる。

一緒に歌おうよ、って彼らは誘ってくるんだ。

以前、サメにこう頼まれたこともあった。

あっちの熱帯魚のお嬢ちゃんたちと、コラボしてみたいって。
僕は迷った末に、一度だけ試したことがある。

サメと熱帯魚を同じ水槽に入れてみたんだ。

結果は惨憺たるものだった。
熱帯魚の女の子が、シャウトするサメにすっかりおびえて、サンゴの模型から出てこなくなっちゃった。

サメのロックは、ちょっと彼女には刺激が強すぎたみたいだ。

淡水魚と熱帯魚のコラボも試みたけど、淡水魚の方が息が上がっちゃって、声が続かなくなっちゃった。

だから、やっぱりみんな別々の水槽に入っているのが一番いいって分かった。


そうそう、お客さんにもこの歌を聞いてもらおうと考えたこともあったんだよ。

お客さんに聞いてもらうためには、オープンな水槽が必要だよね。
だから、外のイルカプールを使うことにした。

イルカはいつも、ソプラノの高音の限界に挑戦してる。
それを、お客さんに聞こえるように少しトーンを落としてもらうことにした。

それから、隣のトドを呼んで、バリトンを披露してもらうことにしたんだ。

イルカとトドのオペラ。
良さそうだろう?

だけどね、これもうまくいかなかった。
たくさんのお客さんの前で、二人とも舞い上がっちゃったんだ。

自分が主役だと主張し合って、どんどん声が大きく乱暴になり、聞いていられたものじゃなかった。

とても音楽とは言えない、ただの海獣の鳴き声になっちゃったんだ。

だから、聞いていたお客さんは口々に言ったよ。
「やっぱり、動物が歌うわけなかった」って。

僕はとても悔しい思いをした。

そんなことがあって、水族館の歌は、飼育員の僕たちだけの秘密になったんだ。

水槽を掃除したり、ご飯をあげたりするたびに、魚たちの楽しそうな歌が聞こえるよ。

本当は、お客さんにも聞いてほしい。
その方が魚たちも嬉しいと思うんだ。

だけど、実際には難しいことが分かったから、魚たちをせめてお客さんが聞いているような気分にさせてあげようと思って工夫してる。

あはは、そろそろ気づいたかな。

水族館の館内が暗くて、水槽がライトアップされているのは、そういう理由なんだ。

魚たちが、今日もゴキゲンでステージを泳げるように、という僕たちからの配慮なんだよ。

今度水族館に来た時は、この水槽にはどんな歌が流れてるんだろうって想像してごらん。

きっと、魚たちが一層元気いっぱいに泳いでいるように見えてくるから。

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