アイドルオタクの『終活』②人生の卒業(= 死)をイメージする

アイドルの卒業と死は、似ている部分があります。

地下アイドル業界ではよく、アイドルが卒業後に別事務所・別ユニットで再デビューすることを「転生」、オタクが現場を離れることを「他界」と呼ぶことがあります。なかなかいい得て妙だなと感じます。

葬儀に関する評論で有名な宗教学者 島田裕巳さんが、以前雑誌でこのようなことを書いていました。

「ある大学の卒業式に参加したが、これは卒業生にとって学生という身分の死、つまり葬式である」

御幣を恐れずに言えば、アイドルをやっていた人が卒業して一般人になるということは

「〇〇というグループの◇◇色担当の◎◎ ▲▲」

という役割から離れること=死と解釈できます。メンバーの補充はできるけども、辞めた人の代わりにはならない。これは不可逆性を持ち、かつ代替不可能であるがゆえのことです。反対に、サンリオの有名キャラクター ハローキティの声優さんが交代しても、ハローキティというキャラクターは生き残るのです。この場合は、代替が可能である事実が見えてきます。

では、我々アイドルオタクにとって、自分の死をどう考えるべきでしょうか。

日々SNSをチェックしたりライブに足を運んだりしていると、好む好まざるに関わらず、いろいろなことを見聞きします。その中に悲しいことにオタクの訃報も流れてくることもあります。アイドルの解散や卒業を発表するいわゆる「大切なお知らせ」と同義に思えてなりません。

シェイクスピアの喜劇『お気に召すまま』にこういうセリフがあります。

この世はすべて舞台。男も女も皆役者にすぎない。入れ替わり立ち替わり、めいめいに割り当てられた役を演じるのだ

『お気に召すまま』第2幕第7場

オタクもアイドルも「役を演ずる」という意味では双方が演者であると言えます。オタクがその役割を終えて死ぬとしたら、それは一体いつなのか。本人にしかわかりません。推しの卒業までなのか、卒業後に別の推しを見つけてそっちで楽しむのか、あるいは肉体的な死までオタクとしてその推しを想い続けるのか。

ここまで見てきたように、アイドルオタクには「オタクという役割の死」と「肉体的な死」が折り重なる形で併存しています。そこでこのふたつの質問に集約します。

あなたの現在の推しが卒業・脱退などであなたの目の前から離れるとしたらどうしますか?

あなたが仮にいま事故や病気で亡くなったとしたら、周りの人にどうしてほしいですか?

ぼんやりとでよいので自分の中でイメージしてみてください。次回の記事で、この二点についてより具体化する方法を見ていきましょう

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