2023/05/16(火)のゾンビ論文 黒人文学とゾンビ

ゾンビについて書かれた論文を収集すべく、Googleスカラーのアラート機能を使っている。アラート設定ごとに、得られた論文を以下にまとめる。

アラートの条件は次の通り。

  1. 「zombie -firm -philosophical -DDos」(経済学・哲学・情報科学のゾンビ論文避け)

  2. 「zombie」(取りこぼしがないか確認する目的)

  3. 「zombie -firm -philosophical -DDos -company」(-companyの効果を図るため)

このうち、「zombie -firm -philosophical -DDos」の内容を主に紹介する。ただし、この検索キーワードで不必要にゾンビ論文を排除していないか、「zombie」の内容も確認する。また、4月まで経済学のゾンビ論文の排除を目的として「-company」を設定していたが、その効果があるのか改めて測定する。

それぞれのヒット数は以下の通り。

  1. 「zombie -firm -philosophical -DDos」六件

  2. 「zombie」七件(差分一件)

  3. 「zombie -firm -philosophical -DDos -company」四件(排除二件)

「zombie -firm -philosophical -DDos」の五件は菌類学、歴史学、教育学、文学、英文学、宗教学が一件ずつだった。


検索キーワード「zombie -firm -philosophical -DDos」


中国雲南省から発見された6つの新種のゾンビアリ菌類

一件目。

原題:Six new species of zombie-ant fungi from Yunnan in China
掲載:IMA Fungus
著者:Dexiang Tangを筆頭著者として、九名
ジャンル:菌類学

タイトルの通り、中国で発見された新種のゾンビアリ菌類についての論文である。…これ以上の説明が必要だろうか?ジャンルは菌類学。

過去には3/10に新種のゾンビアリ菌類の報告がされていた。つい2か月前だ。そんなに頻繁に新種が見つかるものなのだろうか、菌類は。共同研究者が合計で九名いるのだから、それなりにごっつい研究成果だとも思うが。

新種の菌類について論じるほど詳しくないのでこのくらいにしておく。

(今までゾンビアリに関する論文をみな植物学としていたが、最近菌類学というジャンルがあることを知った。今後は菌類学を使うこととする)


人間の積荷: アボリジニ復興のメタファーとしてのゾンビ

二件目。

原題:Human Cargo: The Zombie as Metaphor for Aboriginal Restoration
掲載:The Midwest Quarterly(論文のリンク先はProQuest)
著者:Liza Harville
ジャンル:歴史学

アボリジニはオーストラリアの先住民族。白人に弾圧された有色人種である。そういった人間をゾンビとしてあらわす場合、大抵は人間として扱われない悲劇性を抜き出すためにゾンビを活用することが多い。奴隷は意思のないゾンビのようだ、迫害されて無気力な姿はゾンビそのものだ、などなど。

しかし、タイトルは「復興のメタファーとしてのゾンビ」である。いい方向でゾンビを使うのだろうか。本文、せめてアブストラクトさえ読めれば方向性がわかるのだが…。

ジャンルはわからないので歴史学とした。


アンデッドの終末とディスペンセーション的弁証の表現: アポテレスマティック・プリズムのレンズを通して見たワールドウォーZ

三件目。

原題:Representations of the Eschaton and Dispensational Apologetics of the Undead: World War Z Through the Lens of the Apotelesmatic Prism
掲載:Faith and the Zombie: Critical Essays on the End of the World and Beyondという本
著者:Phil Fitzsimmons
ジャンル:教育学

まず、掲載誌である「Faith and the Zombie: Critical Essays on the End of the World and Beyond」は過去のゾンビ論文チェックでも扱ったことがある。以下の記事がそうなのだが、これがおよそひと月半前。なぜ今さらになってアラートに引っ掛かったのか…。

さて、dispensational(ディスペンセーション的)を辞書で引くと、「神の人類に対する取り扱いの歴史(救済史)が、七つの時期に分割されるとするキリスト教神学上の思想」とある。意味を知るには少なくとも聖書を読む必要がありそうだ。

次にapotelesmatic(アポテレス的)だが、こちらも辞書で調べてみたが、どうやらこちらも聖書を読まなければわからないようだ。

以下の一文があるため、ディスペンセーションと組み合わせて「神に救済された後の」ということで理解しておく。どこまであっているのかわからないが。

このように、 旧約聖書の一節は、 アポテレス的な意味、つまり、達成後または最終的な意味を持っている、またはむしろ含んでいる可能性があります。

Weblioより

次に、『ワールドウォーZ』は言わずと知れたゾンビ小説の名作。世界ゾンビ大戦後の世界を生きる人々にインタビューしながら、ゾンビが現れた世界を描写するというドキュメンタリー形式の小説である。ゾンビに対する軍の対応やパニックに陥った市井の人々の思考回路、誰でも一度は思い浮かべたことがある引きこもりながらゾンビが消えるのを待つことの難しさなど、ゾンビが現れた世界を多角的に描いている。興味があればぜひ読んでほしい。あなたのゾンビ観が一変すること間違いなしだ。

ということで、その『ワールドウォーZ』を、何やら聖書にまつわる観点より、つまりキリスト教的価値観のひとつを元に読み解くのがこの論文の内容らしい。

その価値観のひとつが「アポテレス的」ということなのだが、何もわからないのでここで終わりとする。ジャンルは、著者が教育学を専門としているため、教育学。本当は宗教学あたりにしたいのだが。


20世紀の戦争ゴシック

四件目。

原題:Twentieth-Century War Gothic
掲載:Twentieth-Century Gothicの第十章
著者:Agnieszka Soltysik Monnet
ジャンル:文学

「戦争ゴシック」と呼ばれる文学ジャンルを、20世紀を描写した作品に注目してひも解く論文らしい。Summaryからその説明を引用しよう。

It is commonly accepted that war has had a significant influence on modern art and culture – for example, the role of the First World War in the development of Anglo-American modernism – but the relationship between modern war and the Gothic is even more closely intertwined. From the earliest Gothic texts to the most recent horror films, war has been a tacit or explicit subject of dread, graphic description or psychological investigation.
(戦争が現代の芸術や文化に重大な影響を与えてきたことは広く認められています。たとえば、英米モダニズムの発展における第一次世界大戦の役割などですが、近代戦争とゴシックの関係はさらに密接に絡み合っています 。初期のゴシック作品から最新のホラー映画に至るまで、戦争は暗黙的または明示的に恐怖、生々しい描写、心理学的調査の対象となってきました。)

Twentieth-Century War Gothic
Summaryより

「戦争が現代の芸術や文化に重大な影響を与えてきたこと」に異論はない。戦争をベースとした物語は枚挙にいとまがないだろう。さらにこの論文は、「近代戦争とゴシックの関係はさらに密接に絡み合って」いると強く踏み込む。何を言っているのか、意味が分からない。

その理由は、ゴシックという単語があいまいに使われる場合が多いからだろう。意味をきちんとわかって使っている人間はいないのではないか。たとえば、Wikipediaには次のように書いてある。

このようなゴシックの定義は初めから曖昧さをはらんだものであり、そのことが後世にゴシックが再解釈され意味が拡大していった要因になったとの指摘もある。啓蒙の世紀である18世紀には、中世は暗黒時代であったと考えられており、ゴシックは奇怪さや不器用さを表わす言葉として受け取られていた。そのような時代にゴシック趣味の自邸を建設して19世紀のゴシック復権の先駆けとなったホレス・ウォルポールは、幻想の中の暗黒の中世を舞台にした小説『オトラント城奇譚』(1764年)を書いた。これが18世紀後半から19世紀前半に流行したゴシック・ロマンスと呼ばれる文学の元祖である。

Wikipedia『ゴシック』より

幻想的、怪奇的と解釈してよさそうだ。

つまり、戦争、特に第一次世界大戦の影響を受けた幻想的な怪奇小説(あるいは、もっと単純にホラー小説)を調査することがこの論文の主題である、ということになる。しかし、怪奇小説とゾンビが私の中ではうまくつながらない。この論文がその辺をどう処理しているのかには大変興味がある。

ジャンルは文学。


見かけよりも:嵐の湿地南部における黒人と先住民族の物語

五件目。

原題:Rather Than to Seem: Black and Indigenous Narratives in a Stormy, Swampy South
掲載:West Virginia Universityに提出された博士論文
著者:Jennifer Denise Peedin
ジャンル:英文学

どうにか少しでも解説しようと、全体を俯瞰できなくともせめてゾンビがどのように扱われているかだけでも解説しようと、論文をちょっとずつGoogle翻訳に入れて読んでいたのだが、私には無理なようだ。異分野の博士論文を読むことのハードルの高さを久しぶりに思い出した。

タイトルとアブストラクトの通り、どうやらこの論文の主眼は「湿地」と「黒人」に置かれているらしい。アメリカ南部には湿地が多いらしく、また南北戦争に代表されるように黒人(=アメリカ先住民族)が長いこと奴隷として扱われていた。ゆえに論文の主題が「嵐の湿地南部における黒人と先住民族」なのだろう。

と、ここまでなら、世界史をかじっていてアメリカの地図を開く気持ちさえあればわかる。しかし、論文のタイトルは「嵐の湿地南部における黒人と先住民族の物語」なのだ。これが私の読解を強く阻んでいた。

アメリカでは黒人が長く奴隷とされていた。この事実がアメリカ文学の中でどのように扱われていたのかわからなければ、この論文をひも解くことはできない。歴史の積み重ねとそれが研究者たちにどのように解釈されてきたかをどこまで知ればこの論文を読んで開設できるのか、まるで見当がつかないのだ。よって、論文の根幹を確認できていないため、ゾンビがこの論文の中でどう扱われているかすら察することができない。

SNSで気軽に接することができるような『そりゃお前の解釈次第だろ』的な人文学とは一線を画しているように思う。

ジャンルは英文学。アメリカ文学でもいいかもしれない。


間違った帰り道

六件目。

原題:THE WRONG WAY HOME
掲載:Religion and Outer Spaceの第十五章
著者:Sarah McFarland Taylor
ジャンル:宗教学

「zombie」の単語は"zombie-like cult members"(ゾンビのようなカルトメンバー)という文字列で現れる。それ以外にはなさそうだ。

ということで、これはゾンビに関する論文ではない。

掲載誌は「Religon and Outer Space」(宗教と外宇宙)。また、紹介文に下記の通りの文章があるため、ジャンルは宗教学でよいだろう。

Religion and Outer Space is essential reading for students and academics with an interest in religion and space, religion and science, space exploration, religion and science fiction, popular culture, and religion in America.
(『宗教と外宇宙』は、宗教と宇宙、宗教と科学、宇宙探査、宗教とSF、大衆文化、アメリカの宗教に興味を持つ学生や学者にとって必読の書です。)

Religion and Outer Space紹介文より


検索キーワード「zombie」

このキーワードでは「zombie」ゾンビ論文がアラートに入ってくる。誤ってねらいのゾンビ論文を取りこぼしていないかチェックするために、こちらの検索結果もチェックしておく。

中国のゾンビ企業: ジレンマと解決策

原題:The Chinese zombie firm: dilemma and resolution
掲載:Economic Research-Ekonomska Istraživanja
著者:Angela C. ChaoとFred Y. Phillips
ジャンル:経済学

タイトルの通り、ゾンビ企業の話。


検索条件「zombie -firm -philosophical -DDos -company」

ゾンビ企業には"zombie company"という表記もあることから、そういったゾンビ論文を排除するために設定した検索条件。

この検索条件では「zombie -firm -philosophical -DDos」にヒットした論文のうち、「company」の単語を含むゾンビ論文が排除される。その排除される論文が経済学の論文であれば、目的を果たしていることになる。

排除されていたのは以下の二件。

「中国雲南省から発見された6つの新種のゾンビアリ菌類」
「間違った帰り道」

前者は参考文献のひとつの発行元である"Norton & Company"に引っ掛かった。後者にもそういうケースがみられるし、"Elon Musk and his company SpaceX"という文字列もあった。

当然ながら、目的は果たされていない。


まとめ

「zombie -firm -philosophical -DDos」の五件は菌類学、歴史学、教育学、文学、英文学、宗教学が一件ずつだった。

今回は三本きつい論文があった。「アンデッドの終末とディスペンセーション的弁証の表現: アポテレスマティック・プリズムのレンズを通して見たワールドウォーZ」「20世紀の戦争ゴシック」、そして「見かけよりも:嵐の湿地南部における黒人と先住民族の物語」である。キリスト教かアメリカ文学の歴史を知らなければ読み解くことができない、非常に専門性の高い論文たちだ。

アメリカ文学が今回固まって引っ掛かったのは偶々だが、キリスト教に関連したゾンビ論文はまあまあよく見る。ただ、ここまでどっぷり聖書的な事象を主題にしたものは初めてだ。こういうのも多少は読めれば面白いと思うのだが。

今日はねらいのゾンビ論文なし。


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