マガジンのカバー画像

シノイキスモス短編小説集

12
フィクションです。
運営しているクリエイター

#超短編小説

短編小説|109の世界

 寝過ごしてあわててたどり着いた渋谷。待ち合わせたレストランはつぶれてなかった。それはおかしい。本当はあるはずだった。

 しばらくレストランの前で待ってみても、彼女から連絡はなかった。スクランブル交差点まで戻ってきて、信号が変わって人々が歩き出した。駅の方に渡ると、いつものようにハチ公前に待ち合わせの人がたまっていたけれど、ハチ公の両耳がピンと立っていて、どことなく雰囲気が変わっている気がした。

もっとみる

短編小説|死人に口なし

東京は住みやすい街で、仕事をするには最適だった。
地下鉄、スターバックス、やけに広い公園。
でも、2010年代の半ば、妻と話し合って引っ越すことにしたんだ。

大きなスーツケースに全財産を詰め込んで、バスに乗って南へ向かった。
南へ向かうにつれて、開け放たれた窓からハエが飛び込んでくるようになって、車内が騒がしくなった。
死の香りが強くなった。立ち込めていた。死者の世界だ。

椰子の木が揺れていた

もっとみる

短編小説|ゴリラの木と入れ代わる

 窓の外を眺めていると、少し離れた丘の上に生えている1本の木が、ゴリラのように思えた。窓の外を眺めていたのは、ぼくの仕事が家の中でパソコンに向かってつまらない文章を書き続けることで、それよりも窓の外を眺めている方が幾分か楽しかったからだ。それで、少し離れた丘の上に生えている1本の木が、ゴリラのように思えるところまできてしまっていた。だってしょうがないじゃないか、仕事は本当につまらないし、その木は本

もっとみる

短編小説|人類の絶え間ない沈黙

 彼女はAIで、この国の主要なソーシャル・ネットワークをクロールして、市民がネット上に発信する情報を解析するのが仕事だった。運用が開始されてから休むことなく、日に何十万件もの投稿を解析した。膨大な文字列のほとんどは、他愛のない挨拶、日記、ジョーク、詩、詩のようなもの。彼女にとってあまりに意味のない、情報の奔流。それらをかき分けて真実を求めていた。

 ある夜のこと。相変わらず彼女は解析を続けていた

もっとみる
短編小説|壁と広場

短編小説|壁と広場

 列車が街に近づくにつれて、車窓から見える風景の中に赤茶色の家々が増えていって、ついにはすべてが赤茶色になった。「これがマラケシュだよ」サミールがいった。ぼくはカサブランカで会ったトシさんが、マラケシュの街が赤茶色なのは、実は赤茶色の家以外建てちゃいけないって条例があるからだ、といっていたのを思い出していた。マラケシュの駅に到着すると、サミールは空腹だったので、ぼくたちは駅舎の2階にあるカフェでク

もっとみる

短編小説|ユニバース

 朝、軽くジョギングに出かけようとして、スマートフォンで音楽を探した。聴こうと思っていたバンドの曲が見つからない。この間再生した記憶があるのに、検索しても再生履歴を探してもどこにも、1曲もない。配信停止になったのだろうか。しかたなく別のバンドの曲をかけた。

 住宅街を抜けて、大通りに沿ってジョギングをはじめて、すぐに異変に気がついた。あたりがやけに静かだ。人が少ない、車も少ない。たまに鳥の声が寂

もっとみる