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最後のサラリーマン

 人 物
田中那由多(59)総務部長
佐藤心(32)営業部 第一課 課長
鈴木波子(48)経理部 事務員

○オフィス美鳥ビル外観
 コンクリート打ちっぱなしの三階建ての質素な雑居ビル。三階を示す欠けた看板に「オフィス美鳥」とある。

 ○オフィス美鳥入り口外側
 割れた部分をテープで補強してあるガラス扉。ガラス扉の向こうより声。

佐藤「黙れ!」

 〇オフィス美鳥営業部
 殺風景で机と椅子だけになったオフィス。「営業部」のプレートが天井から下がっている。佐藤心(32)が携帯電話を握って窓際に立ち、外を睨みつけている。

佐藤「どうしてわかんないんだよ!」

 〇オフィス美鳥ビル外観
 周囲は誰もいない。田中那由多(59)が一人携帯電話を耳にビルを見上げて立ち尽くしている。大きく頷きながら。

田中「わかるよ」

 〇オフィス美鳥営業部
 佐藤の横の椅子には鈴木波子(48)が縛られているが大人しく座っている。

佐藤「わかってねぇよ!だったらなんで」

波子「ねぇ、電話。総務の田中さんでしょ?残務整理の件で変わってくれない?」

佐藤「うるっせぇ!させるか!」

波子「月末の決済も出てないのよ?また同じこと言わせるの?」

佐藤「あぁ!?」

波子「領収書」

 佐藤、膝をつき

佐藤「そうだよ、そうやって月末には領収書をせがまれる」

波子「せがまれる前に出してよ」

佐藤「そして、引き出しに溜めてる空の領収書を組み合わせながら、これくらいなら通るかなって顔色を観てそっと出す」

 波子、縛られたまま佐藤の引き出しを顎で引き出し口で領収書を取り出す。

佐藤「そうやって、これからもやっていくんだ!そういう約束だろ!」

 佐藤、立ち上がって壁をドンと叩く。

波子「こんなの一個も通さないわよ」
 
携帯電話から田中の声が聞こえる。

田中(声)「おい、おい聞こえるか佐藤」
 
佐藤、電話を耳に当てる

佐藤「くっそ!なんだよ!」

 〇オフィス美鳥ビル外観
横風が吹きすさび、新聞が飛んできて田中の足元に張り付く。新聞の見出しには大きく「全会社組織の解体終了」の文字。

田中「わかるだろう、本当は」

 〇オフィス美鳥営業部
 佐藤、目をつぶり歯を食いしばる。

佐藤「ぐぅ…」

 〇オフィス美鳥ビル外観
 田中ゆっくりと、既に止まっているビルの自動ドアをこじ開ける。

田中「もう、この世界に、会社組織というものは存在しないんだ」

 〇オフィス美鳥営業部
 佐藤、携帯を握りしめ、片手で顔を覆って泣きながら。

佐藤「だったら、だったらもう一度作ればいいだろう?一から、みんなで」

 〇オフィスビル美鳥ビルエレベーターホール
 薄暗い。エレベーターのボタンを押す田中。動かない事を確認して、ため息。

田中「君が社長をやるかい?」

 〇オフィス美鳥社内
 波子、縛られているコロコロのついた椅子で経理部の自席まで戻る。

佐藤「おい!動くなよ!」

波子「逃げないわよ。ほら、電話電話」

〇オフィス美鳥ビㇽ階段下
自然光の入る薄暗い階段を寂し気に見上げる田中。

田中「君が社長になって、法制度にも守られない、今時見返られる事のない会社組織を立てる。そうするかい?」

 〇オフィス美鳥社内
 佐藤、古ぼけた課長席で俯いている。

佐藤「俺は、俺は社長じゃなくて営業部なんだよ。誇りを持って営業って仕事をやって来たんだ。一つでも多くの商品を子供達の手に届けて会社に利益をもたらす為に。」

社長という札の乗った中央の席にはどでかい白熊のぬいぐるみ。その間波子は、器用に顎で引き出しを開けて資料を取り出し口でめくり確認している。

佐藤「おい!何やってるんだよ!」

波子「案外出来るわ、仕事。後で再確認っと」

佐藤「なにやってんだって聞いてんだよ!」

 波子の首を掴み上げる。

波子「仕事よ!私は私の仕事を誇りを持って全うしているの!」

波子、椅子に縛られたまま立ち上がる。

佐藤、波子を掴んでいた手を解く。

波子「人質としてここに居るんじゃないの。私の仕事をしてるだけ」

佐藤「ごめん…なさい」

波子「だから、逃げないわよ。あと、その領収書一個も通さないから」

佐藤、自席にドスンと座り込む。

波子「そう落ち込むことないわよ。これまで結構怪しい領収書も通して来たんだから。最後くらいは私にも良い仕事させてよ。…きっちり合わせてぇえええ!」

佐藤「わかるけどさぁ、わかるんだけどさ、こんな事してもどうにもなんないって」

 波子、書類を口でめくり目で追いながら。

波子「まぁ、どうにもなんないわね」

佐藤「新入りの時さぁ、初めてスーツ姿で新橋連れてってもらってさぁ、俺、嬉しかったんだ。やっと仲間に入れたなぁって」

波子「へぇ」

 作業を続ける波子。

佐藤「ずっと入りたかったんだ。この会社」

 作業を止めるが、顔は向けず

波子「それ、ずっと言ってるわね」

 波子、作業を再開。

佐藤「可愛いぬいぐるみをみんなに届けたい」

波子「別に会社じゃなくても。自分でデザインして、縫製する人に発注して。最近は在庫持たなくていいシステムも沢山あるし」

佐藤「だからさ!そういうとこなんだよ!」

 佐藤バン!と机を叩いて立ち上がる。

佐藤「俺は!営業しか!出来ないから…みんなで補い合って、支えあってさぁ!風邪ひいても妊娠出産子育て中も休めるのは会社があるからじゃないのか」

波子「男、だわね。うちの育休と有給の壊滅的な取得率の低さ知らないの」

佐藤「え、そうなの?…だって、俺、休もうとした事ないから…」

波子「論理が破綻してるわよ」

佐藤「でも…でもさぁ…。なんだよ一般企業の解体って!「一般」企業てなんだよ!そんな業態があるかよ!どんな仕事も、誰かに物を届ける仕事、誰かにおもちゃを作って売る仕事、誰かが作った物を輸入して販売する仕事!どんな仕事もひとつひとつ役割があるんだよ!それなのになんだ!もうサラリーマンは要らない!もうOLは要らない!サラリーマンなんて職務があるのかよ!サラリーマン部?OL科?聞いたことねぇよ!俺は販売店に頭を下げてどう売るか一緒に考えて、子供達に届ける仕事をしてるんだよ!」

波子「領収書もまともに出せないけどね」

佐藤「茶化すなよ!だったら!だったら鈴木さんはなんでここに居るんだよ!」

波子「仕事があるから。仕事が好きだからよ」

佐藤「だったら!」

波子「好きだからこそじゃない」

 〇オフィス美鳥ビル階段下
 田中が一歩一歩噛みしめるように薄暗い階段を上っていく。誰もいないビルの階段にコツーンコツーンと足音が響く。

 〇オフィス美鳥入り口内側
 佐藤ボロボロの入り口の扉をハッと振り返り、机でバリケードをくみ出す。

鈴木「もう一人、仕事が大好きな人がお出ましね」

○オフィス美鳥階段踊り場
 グレー一色の殺風景な踊り場。田中、上を見上げて一息つく。

田中「今日くらい良いだろう」

田中煙草を出す。火を点けようとして、煙草に話しかける。

田中「相棒よ、今時は火をつけるのは流行らないんだとよ。あいつも俺も同じだな」

 田中咥え煙草でゆっくり階段を上がる。薄暗い階段に煙草の火だけが赤い。

 

〇オフィス美鳥入り口内側
 バリケードを築きながら警戒する佐藤。

佐藤「わぁ!!来たぁ!!」

 ○オフィス美鳥入り口外側(夕)
 埃が舞っている。田中扉に手を当てる。

田中「なぁ、佐藤。ここ、開けなくていいよ」

 扉にあたる日がゆっくりと夕陽の色に変わる。 

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