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甘味なる誘惑

 人 物

夢乃千代子(29)ケーキ店店員
只野清(48)ケーキ店店主
待子(50)ケーキ店パート
加賀谷藤十郎(72)和菓子屋店主
八谷浩二(42)八百屋店主
加藤ライカ(23)コンビニ店員
神宮寺麗子(16)女子高生

あらすじ

とあるスイーツ店のバレンタイン前日。
最後の仕上げ用の大切なチョコレートが盗まれる。犯人は店員の千代子。自分の告白用に少し失敬したつもりが事は大きくなっていき言い出す事も出来ない。町のみんなの力を合わせてバレンタインデイの為に奮闘する。店長のバレンタインへの思いや、町のみんなのお店への想いを乗せて急場しのぎの新商品が完成する。そして、千代子の愛の行方は…

〇スイーツポンパドール厨房
 千代子板付き。手ぬぐいでほっかむりをする。泥棒歩き。両手を合わせてテーブルのチョコレートをサッと自分の鞄にしまう。待子上手から登場。

待子「あ、千代子ちゃんお疲れ様~!」
千代子「おふかれさまです!まだいたんですね待子さん」
待子「明日のお手渡し分の準備が戦争よ」
千代子「そうなんですね。え!じゃあ!」

 千代子鞄をハッと抱く

待子「え?なに?」
千代子「あ、いえ」
待子「へんな千代子ちゃん」

 只野上手から登場

只野「おぉ~!一日頑張ったぁ~!」
待子「お疲れ様です」
千代子「店長!お疲れ様です!」
只野「あとは仕上げのコーティングだけ」
待子「じゃあお先に。明日頑張りましょ!」
只野「うん、いつもありがとう。気を付けて」

 千代子そーっと帰ろうとする。

只野「あれ、待って」
待子「はい?」
只野「ここにあったチョコレート知らない?」

 只野机の上を指して辺りを見回す

待子「さぁ、見てませんけど」
只野「ちょっと店頭みてくる。」

 只野上手へ。千代子大きくため息。

待子「千代子ちゃんどうしたの?」
千代子「待子さん、私まずいです。実は…」

 只野上手から戻ってくる。

只野「やっばいよぉ!チョコレートがない!」
待子「えぇ~、予備とかないんですか?」
只野「今日追加でつかったから」
待子「私買ってきますよ?」
千代子「いえ、ダメです」
只野・待子「え?」
千代子「この町のスーパー、小間物店、コンビニどこにもチョコレートはありません」
只野「いや、そんな事は。僕行ってくるよ。お店見ててもらえる?ごめんね」

 只野下手へ走りこむ。千代子只野の背中を見送りながら。

千代子「無いんです本当に…」
待子「千代子ちゃん?」
千代子「待子さんどうしよう」
待子「どうしたの」
千代子「私なんです」
待子「何が」
千代子「チョコレート盗んだの!」
待子「はぁああ?なんでそんな事」
千代子「本命チョコを作りたかったんです!でも町のどこにも材料がなくて」
待子「えぇ…」
千代子「つい…」
待子「一緒に謝るよ。店長わかってくれるよ」
千代子「いえ!それは駄目です!」
待子「なんで?店長優しい人じゃない」
千代子「本当に。だから私は諦めません」
待子「どういう事?」
千代子「女29最前線!ここは退けない!」

  只野下手から戻ってくる

只野「嘘だろ…隣町にも…どこにもない」
待子「なんてこと」
只野「ここにあったチョコレートはいったい」
待子「それは」
千代子「きっと!」
只野「ん?」
千代子「もしかすると他のお店の従業員がチョコレートを」
只野「盗み出し…た?」

 千代子力強く首を縦に振る。待子首を大きく横に振る。

千代子「戦いましょう店長!このお店ポンパドールの為に!」
只野「お…おう?そうだな!お客様の為に!」
待子「えぇえ…」
千代子「今から殴り込みに」
只野「い、いや待ってくれ千代子ちゃん」
千代子「へい、親分!」
只野「親分じゃなくて店長」
千代子「そうでした」
只野「千代子ちゃんいいかい。スイーツはみんなの心を温める物であってほしい」
千代子「はい」
只野「お菓子作りには作ってる人の気持ちが出る。僕たちは、僕たちなりのやり方で」
千代子「はい!」
待子「あの、店長」
千代子「待子さん!一緒に頑張りましょう!」
待子「えぇ…」
只野「チョコレートを手に入れるためには…」
千代子「いっそ、チョコレートを諦めて新しい物を探してみては」
待子「新しいもの?」
千代子「新商品でうって出るんです」
只野「なるほど」
待子「確かに最近新商品出てない」
千代子「私!なにか無いか探してきます!」
只野「あ、でも」
千代子「案ずるより産むがやすし!」

 千代子下手に

只野「千代子ちゃん、頼もしいなぁ」
待子「その千代子ちゃんの件なんですけど」

 下手から神宮寺麗子が入ってくる

神宮寺「あの…まだやってます?」
只野「あ、いや。今ちょうど閉めた所で」
神宮寺「え…困るんですけど」
待子「今取り込んでるんで明日にでも」
神宮寺「明日じゃ遅いって言ってるじゃない!」
待子「そんな事言ったぁ…?」
只野「なんかお困りのようですね」
神宮寺「あの、私、ほら、あれじゃない?」
待子「なんですか?」
神宮寺「あれよ」
只野「うん」
神宮寺「…」
只野・待子「…」
神宮寺「なんでわかんないのよ!」
待子「いやわかりませんよ」
神宮寺「ん~もう!えっと明日は何の日!?」
只野「バレンタインデイ、ですね」
神宮寺「そういう事!」
待子「どういう事?」
只野「チョコレートですね」
神宮寺「最初っからそう言ってるじゃない」
只野「申し訳ないんだけど今そのチョコレートが…」
神宮寺「え!無いの?」

 下手から千代子駆け込んでくる

千代子「組長~!」
只野「うん、店長です」
千代子「あちこち走り回ってこんなものを!」

 千代子買い物袋から取り出す

待子「黒コショウ、海苔の佃煮、味噌…いったい…これは」
只野「ん~僕の説明が足りなかったね」
待子「普通わかると思います」
只野「ケーキのスポンジとその間に挟まってるチョコレートの部分までは出来てるんだ」
千代子「はい!」
只野「あとは周りのコーティングでオリジナリティを出す方向で考えてみないか」
神宮寺「…絶対にいやぁ!こんな物で私の高貴な愛は伝わらない!」
千代子「ダメですか?」
神宮寺「何ひとつスイーツにできるものは無いわ!」
千代子「そうかなぁ~?」
只野「いや、それがお客様」
神宮寺「神宮寺麗子よ、私の名前を知らない人がいるのね」
只野「麗子さん、彼女が持ってきたコショウや味噌はチョコレートの中に混ぜ込む形で商品にされる場合があるんですよ」
神宮寺「そう…なの?」
只野「食に挑むものとしては偏見を外して試す価値はある。ただ。」
千代子「ただ?」
只野「混ぜ込む為のチョコレートが無い」

 千代子鞄を握りしめる

千代子「ダメかぁ…」
只野「いやいや、ナイスファイトだ!」
待子「でも…」
只野「現状としては、一歩も進んでない」

 下手から八谷と加藤が駆け込んで来る

八谷「大将!てぇへんだって!?」
加藤「なんか、ポンパドールの危機だって」
只野「おや、八谷さんに加藤君」
八谷「千代子ちゃんの頼みとあっちゃな!」
加藤「なんか黒っぽい物って言うんで僕らも持ってきました」

 神宮寺、加藤の姿を見て待子の後ろへ

千代子「加藤君お店空けちゃって大丈夫?」
加藤「コンビニなんて大したものないけど」

   加藤袋から品物を出す

待子「コーラ、イカ墨パスタソース…」
只野「ん~、時間があれば試したいけどね」
加藤「ところで、なんか、何に使うんです?」
待子「やっぱりそこからか」
只野「チョコレートケーキのコーティングに使う物を探してるんだ」
加藤・八谷「えぇえ!」
加藤「なんか、いや、それは」
八谷「ありゃあ、じゃあ俺のこれもダメだ」
只野「何を持ってきたんです?」
八谷「八百屋にゃ大したもんねぇよ。黒豆」
神宮寺「もはや借り物競争ね」
加藤「あれ、麗子ちゃん」
神宮寺「わ、わ、私も、下々が困ってるって言うんで手伝いに来てやったんだわ」
加藤「そっか、なんか優しいね麗子ちゃん」
千代子「ライカ君と麗子ちゃん知り合い?」
加藤「なんか毎日お店に来てるから」
只野「これだ…これだと思うよ!黒豆だ。いや、正確には豆を甘く煮て濾したもの」
神宮寺「あん…こ?」
只野「あんこならコーティングとして周りに塗るだけだし甘味も既に入ってる」
加藤「なんか、この時間ならコンビニの出番って感じっすね。俺店に戻ってみます」
神宮寺「私も!行ってあげてもよくてよ!」
加藤「なんか、ひとりでも大丈夫だよ」
神宮寺「なんか!なんか…私も…」
加藤「…じゃあ、なんか、お願い」

   加藤と神宮寺下手にはける。
   みんな微笑ましく見送る。

八谷「いいねぇ、若いってぇのは」
待子「ほんとねぇ」
只野「僕達にも若い頃があったね」
千代子「店長は…むしろ今が一番素敵です」

 只野は何かを思い出したように上手からハケる。

待子「ねぇ、その素敵な店長の為に」
千代子「はい、私の手作りチョコレートを!」
待子「もう~!」
八谷「え?何々?千代子ちゃん店長の事?」
待子「や、それがね」

 待子、八谷に耳打ち。

千代子「あ!ちょっと!」

 千代子待子を止めようとするところに麗子と加藤が戻る。

加藤「なんか大変です!」
八谷「えぇえええ!」
麗子「まだ何にも言ってません!」
八谷「え?なに?」
加藤「あんこも…どこにも無い」
待子「また万事休すか~」

 只野上手から戻る

只野「知り合いのケーキ店や卸店に電話してるんだけど…」
加藤「店長…あんこがどこにも…」
只野「そっか~ありがとう加藤君麗子ちゃん」
加藤「なんか、すいません」
只野「じゃ~!最後の手段に出るか!」
千代子「さすが店長まだ方法が!」
只野「千代子ちゃんも手伝って!」
千代子「はい!」

   只野・千代子上手にハケる。

八谷「や~千代子ちゃん、やばいね」
加藤「え?千代子ちゃんが何か?」
待子「それが」

 待子、麗子に耳打ち。八谷・加藤に耳打ち。

加藤・麗子「どえぇえええ!」

上手から只野と千代子が帰ってくる。

只野「なんとかなると良いんだけどね」
麗子「ねぇ、千代子さん?ここはきちんと」

 ドンドンドンと戸を叩く音

只野「あ、来ましたね。開いてますよ!」 

 加賀谷藤十郎(72)が入ってくる。

加賀谷「はっはっは!はぁっはっはっは!」
待子「なるほど!」
八谷「あれは」
麗子「加賀谷のじいちゃん」
只野「わざわざお越し戴き有難うございます」
加賀谷「礼には及ばんよ」
千代子「本当にありがとうございます」
加藤「なるほど和菓子屋さんにあんこを」
加賀谷「例には及ばんと言ったろ。あんこを渡すつもりはないからな」
千代子「え…」
加賀谷「これ見よがしにうちの店の前までぞろぞろと、それは追い払えば済む。しかしだ!この伝統の加賀谷に向かって!いけてなぁい!とは何じゃあの小娘ども!」
只野「は…はぁ」
加賀谷「今日はな、この店がほえ面かいてるのを見学しに来ただけよ!」
麗子「うっわ!感じわる!」
加賀谷「ほうれ、ほうれ、どうしたどうした!」
八谷「それはちょいとないんじゃないか!」
麗子「そうよそうよ!」
加賀谷「なんだとぉ!」
只野「みんなちょっと落ち着いて」
待子「ねぇ、千代子ちゃん、もうここは」
八谷「そうだよ」
麗子「諦めて」
加藤「なんか、うん」
千代子鞄を握りしめギュッとかがむ
只野「加賀谷さん。和菓子と言うのは人の心を穏やかにするものですね。」
加賀谷「そう、静けさと高貴さの象徴じゃ」
只野「それは“愛”という物にふさわしいかもしれません。」
加賀谷「うむうむ、わかっているではないか」
只野「でもですね、バレンタインデーというのは“恋”の為にあるんです」
加賀谷「だからなんだ」
只野「恋は大変愚かで不器用なものです」
加賀谷「まったくそうじゃ、浮かれおって」
只野「でもその愚かしさは愛への扉なんです」
加賀谷「は?」
只野「奥さんから聞いてますよ、なれそめ」
加賀谷「ぬな!」
只野「不忍池に飛び込んで付き合ってくれないと死ぬって言ったとか」
加賀谷「死ぬとは言ってない…溺れ死んでやるといったんだ!」
千代子「わかります」
加賀谷「え」
千代子「私分かりますその気持ち!」
麗子「私も…」
千代子「その人のたった一人になる為なら」
麗子「うん」
只野「バレンタインデーじゃなくても、いつだって告白は出来る。でも不器用で言葉にならない想いをチョコレートに乗せてるんです」
八谷「毎日不忍池に飛び込まれちゃてぇへんだもんな」
加賀谷「なんだと!」
只野「僕はそんな伝え方の不器用な恋の為にチョコレートを作ってるんです」
待子「不器用な恋かぁ。机の中や下駄箱の中、懐かしいな」
八谷「うちのチビも今年初めてチョコレートを渡すんだって意気込んでるんだよなぁ」
加藤「なんか、そんな小さな恋物語が沢山詰まっているんですね。チョコレートには」
加賀谷「ぬぬぬ、だったらいよいよあんこには出番がないな、帰らせてもらう」
只野「待ってください、加賀谷さん。ここからなんです大切なのは」
加賀谷「何だって言うんだ!」
只野「恋はいつか愛に変わる。静かで優しい幸せホルモンセロトニンを作る物質はなんと豆の中にあるのです」
加賀谷「ほぅ?」
只野「大人の恋には、あんこなんですよ」
待子「へぇえ」
只野「一緒に作ってみませんか?恋の罪と愛の沈黙。そんな商品を!」
加賀谷「ふふん、そこまで言うならこの加賀谷、ひと肌脱いでやろうじゃないか!」
加賀谷以外「うぉおお!」
只野「そうと来たらすぐとりかかろう!時間が無いんだみんなも手伝って!」
加賀谷「ただし!」

 みんな一瞬固まる

加賀谷「商品名はわしが決める!」
只野「はい!お願いします」
加賀谷「愛と沈黙の輪舞だ!洒落てるだろう」
八谷「よぉし!行くぞ!まかせとけ!」
加藤「なんか、いいですね」
麗子「加藤さんが手伝うなら私も手伝ってあげてよ」
千代子「あの、店長私!」

 待子千代子を制して

待子「さぁ、千代子ちゃん頑張るわよ!」

 一瞬の暗転

八谷「いやぁ!やったなぁ~!」
加賀谷「老体には響くのぉ」
待子「はたらいたぁ~!」
加藤「なんか、充実です」
麗子「あの、あの、なんか、あの」
加藤「え?」

 麗子ケーキを加藤に手渡す

加藤「あ、あ、なんか、そうか」
待子「そうかじゃないでしょう?」
加藤「ありがとう」

 加藤、麗子のケーキを受け取る

麗子「よかっ…た…」

   麗子倒れる

加藤「あぁあ!」
八谷「休憩室に運ぼう!」

 麗子と一同下手にハケル 千代子と只野だけ残される

千代子「あの…店長私!」
只野「鞄の中の秘密はしまっておいて」
千代子「店長!知ってたんですか!」
只野「僕が厨房に居なかったのは一瞬、さすがにわかるよ」
千代子「…ごめんなさ」
只野「僕もごめん。逃げてたんだ。千代子ちゃんの気持ちから」
千代子「それも知ってたんですか!?」
只野「うん」
千代子「それでも、私は店長が好きです!ここで働いて店長を支え続けます!夢乃千代子 女29歳最前線!一歩も引く気はありません!諦めてください!」

   千代子と只野向かい合う

只野「ぷふふ…わかったよ、負けた。でもこんなおじさんとじゃ…」
千代子「私だってすぐおばさんです」

 二人微笑む

千代子「あ!見てください、星が出てきましたよ!」
只野「お、本当だ」
千代子「この星の数ほどいる、不器用な恋の罪人たちの為に…」
只野「見上げてごらん、夜の星を」
千代子「夜空の星の小さな光が」

 下手から一同戻ってくる

只野・千代子「ささやかな、幸せを祈ってる」

全員「ハッピー・バレンタイン!」

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