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広島協奏曲 VOL.2 尾道・流れ星 (8)


  母

雅恵は三次中央病院の病室に居た。母が入院したとの連絡で来た。
「まぁ、慌てて帰って来んでも良かったのに。こんたびも検査らしいけぇ~。」母が言う。
雅恵は「……うん。ほうじゃね、直ぐ帰れそうじゃね。」とは言ったが、、、、
昨夜父からは「多分、帰ってこれんじゃろぉ~。」と聞いていた。
持ってきたアレンジメントの花をベッド横の台に置き、椅子に座る。
暫くの間、会社の事や景気の事、雅恵の小さい頃の話をしていた。

「……お父ちゃんとは見合いじゃったよねぇ~」雅恵が母に聞く。
「うん。25の時見合いしてあくるとし(次の年)、来てくれちゃったんよ。父ちゃん。」
「お母ちゃんは、恋愛結婚とか考えんかったん。」
「うん、恋愛じゃ来てが無かったけんねぇ、その頃は。……今もそうかね?。」
「……見合いした時、好きな人は居ったん?。付き会うとる人とか、、、。」
「おったヨ。何人も。」
「えっ、えっ!。何人も?」少し大きな声で雅恵が言った。
「し~ィ。小さな声で驚きっ。」母は右手を口の横に添えて小声で言う。続けて母が話し始めた。
「うち、高校出て直ぐ、三次の信用金庫に出たんよ。前にもゆうたじゃろ。
 ホンマは一人暮らししたかったんじゃけど、おばあちゃんが”いけん”ゆうて、ほいで軽四買うてもろてねぇ。
 毎朝、7時過ぎに出て8時に着いてホールの掃除して、窓口やったり、外渉で廻ったり。
 で、うちはカラがこもうて(身体が小さく)愛嬌がええけぇ~、みんな誘うてくれるんよ。金庫の人もお客さんも。
 最初の頃は車で帰りゃにゃいけんし、未成年じゃし、酒は飲まんかったけど、よぉ~ご飯連れてって貰うたよ。
 だんだん、食うだけ食うて帰るんが悪ィ気がして来て、家に公衆電話で電話して”一晩中カラオケ”じゃ言うて外泊し始めたんよ。」
「……初めて聞いたわ。」雅恵、呆れ気味。
「ほうじゃろぉ、初めて言うもん。人にもあんたにも、、、へへへ。」笑いながら母は続ける。
「大体、月にイッペンかニヘン位かね~、泊まったんは。制服は金庫に有るけぇ、ブラウスだけ予備置いといてねぇ。
 二十歳過ぎてからは、ライブとかコンサートとか、音楽フェスとかよぉ~連れてって貰おたよ。
 広島や福岡、大阪。体育館やドームやら。」
「誰のライブ?」「うん、浜田省吾や長渕剛、チャゲアス、アルフィー、色々。」
「……おばあちゃん、怒ってんなかったん?。」
「あんましねぇ~。若いうちは遊んでおけみたいな事はあったかもね。只ね。」
「只、何だったん?」
「”子供だけは気ィ付けよ”言うちゃった。だいぶ後で。」
「……はぁ~。知っとっちゃんたんかぁ~。」
「そりゃ判ろう。若い娘が泊り掛けで遊びに行きょうるんじゃけぇ。ハハハハッ。」
「…….何人位と付きおうとったん?。」
「う~ん。何人くらいかねぇ~、7年で10人くらいかねぇ~。一遍だけゆう人も入れりゃもっとおったねぇ~。」
「……えっ。」雅恵、絶句。母は話を続けた。
「で、25になろうか言う時、”もうえかろう”ゆうて見合いの話をおばあちゃんが持って帰って来たんよ。」
「それがお父ちゃん?」
「いいや、お父ちゃんに会うまで3人見合いした。4人目でお父ちゃん。」
「……はぁ~。3人は何で駄目だったん?。」
「他にはおらんかったんかねぇ~、、、ゆう人ばっかりじゃった。歳も40前やら面白い顔した人やら。
 で、4人目でお父ちゃんがええ男に見えたんよ。婿に来てくれる言うし、怒ったことの無い人じゃ言うし。
 これ逃したらもう無い思うて。当りじゃったわぁ~、お父ちゃんで。」
「……当り、、、。」
「ほんで、直ぐに結納して、結婚式の段取りして、新婚旅行の手配して。翌年式挙げて、家に入って貰うた。」
「式は三次グランドじゃったっけ?新婚旅行はハワイじゃったよね?。」
「うん、費用は半分半分じゃったけど結納の時、支度金渡しとったけぇねぇ。お父ちゃん側は2割ぐらいかねぇ~。婿入りして貰うんじゃけぇ。」
「……ふ~ん。遊びょったんじゃねぇ~お母ちゃん。……知らんかったわぁ。」
「人にゃ言うちゃぁいけんよ。内緒よ。ふふふっ。」母は小さな声で言う。
「で、うちが産まれたん?。」
「ううん、1回流産して、3年目で雅恵を妊娠してねぇ~。判ってからず~っと寝とった、家で。流れたらいけんけぇ。」
「……寝とった間、お父ちゃん、一人で放っておいたん?。」
「うん、ゆうてもお父ちゃんは年に4、5回旅行に行きょっちゃったけぇねぇ~。消防団とか、農協の共済とか、青年団とかで。
 旅行先が道後温泉とか、皆生温泉、雄琴、大阪、神戸じゃ言うたら、大体ねぇ~、夜は女よねぇ~。」
「えっ、女の人、買よっちゃったん?。……お金は?。」
「うん、多分、小遣いは冬の土建屋の日雇いで稼ぎょったみたい。家にもなんぼか入れてくれとったけどひと冬行きゃあ、結構な額になるけぇねぇ。」
「……認めとったん?お母ちゃん。」
「……う~ん、見て見ぬ振りかのぉ~。”良いよ”とは言うとらんけどね。」
「何で?。お父ちゃん、好きじゃ無かったん?。」
「好きよ、今も。……なんて言うかねぇ、婿さんじゃし、あのおばあちゃんじゃし、よう辛抱してくれとるし。 逃げ道かねぇ~。言い訳かねぇ~。お互いにねぇ~。」
「お互いに?。もしかして、お母ちゃんも、、、?。」
「ふふっ、あった言われんでしょうがっ!。」
「……あったんじゃぁ~。ショックっ!。」
「人にゃ言うちゃぁいけんよ。」更に小声で母は言う。続けて、
「ところで雅恵、あんたいい人は居らんのん?。優しゅうて、働きもん。」
「居らん。……あ、」
【ゴンちゃん?ゆうてもまだ付きおうとらんし、、、一人娘言うて無いし、、、。】雅恵は天井を見上げて思った。
「居るん?心当たり。」
「まだ、付きおうてもおらん。……でも力持ちの働きもんで、、、。」
「そんな人が居るんやったら、早うに胃袋でも金玉でも掴んどきっ!。逃げられるよ!。」少し大きな声で母が言った。、
病室にいる他の人たちの笑い声が響いた。
「ちょっと、お母ちゃん、金玉って、、、。もう~。」
「ハハハハッ、」母の笑い声が響いた。
「雅恵、今日は泊ってくん?」母が聞く。
「……う~ん、帰る。……おばあちゃん、面倒臭いけぇ。」
「そうかぁ、見合いの話か、……まぁ、あんたの好きな様にせぇ。嫁に行ってもええし、、、。見合いしてもええし、、、。」
「えっ!お嫁に行ってもええん?。」雅恵、思ってもいなかった言葉に動揺する。
「ええよ、、、もう、婿取りゆう時代じゃ無うなっとるけぇねぇ。」母の半分諦めの様な、許すよとでも言う様な励まし。
「……うん。……ありがと。……じゃ、帰るね。また来るけぇ。」雅恵は母の言葉をどう受け取れば良いのか分からぬまま、その場から離れたかった。
「うん。気ぃ付けて帰れや。」

雅恵は車を走らせながら考えていた。やはり母の告白が引っ掛かる。
【嫁に行ってもええん?、、、どして今頃んなって言うん?、、、もち~と早う言うてくれりゃえかったのに~、、、も~、、
 そうすりゃあ、本気で好きになっとったかも知れんのに、、、いや、やっぱり上手く行っとらんかねぇ、、、
 ううん、本気になれたんじゃなかろうか、、、って言うか、今更言うても詮無き事よねぇ、、、へじゃけど、やっぱっ、腹立つわっ!】
イラつく気分に任せて、スピードを上げる雅恵。途中、甲奴インターを過ぎた所で、赤い回転灯が見えた。傍を通るとパトカーと横転した軽自動車がいた。
【あぁ~、、、危ない、危ない、気ィつけにゃイケん。……うん、また、ゴンちゃんと酒飲飲まにゃいけんし。……事故ったら、ゴンちゃんと会われんようになるよ。雅恵。】
村上の事を考えると、楽しくなる雅恵。心の中で少しづつ、”楽しい”から別なものになりかけて来ていた。
【ひょっとして、ゴンちゃん。うちの事、貰うてくれてかねぇ~、、、今まで、付き合うちゃイケんって思よったけど、、、、嫁に行って良いんなら、、、】

あれから所長とは、数回ドライブに行った。(親友の明子には内緒にした。)運転は雅恵で帰りには、ラブホに寄り、いたす。部屋には寄らなかった。帰れなくなる自分に足かせをした。

今でも所長の事は気になる。やっぱり格好いいし、優しいし。でも、一瞬の流れ星に願いを託すより、いつでも光輝く星にこの身を預けてみたくなった雅恵。


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