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「私だけの城」で暮らした3年間

たった3年だったのかぁ。
私が一人暮らしをしていたのは。
それにしても、濃くて、尊い時間だったな、
と思い返す。

社会人1年目で上京して、
会社が借り上げたマンションの一室で住むことになった。千葉県の端で、東京にアクセスのよいベッドタウンだった。

部屋は1k。
新築。風呂トイレは別。
ベッドとコタツを置いたら、あとは通路しかないという狭さだったけれど、十分だった。
(これ以上広いと、寂しくて、眠れなかったかもしれない)

何を食べてもいい。
いつお風呂に入ってもいい。
いつ寝てもいい。

誰にも文句は言われない。
生まれてはじめての状況に、ワクワクした。

ただし、お金はなかった。
初任給は安かったし、新人は残業もできない。
その上、初めて、自分だけだけど、家計というものを持って、管理の仕方がまるで分かっていなかった。
毎晩、同僚と飲み歩いて、財布はすっからかんだった。

その中で、
実家では封印していたけれど、
昔から密かにやりたかったことを、
片っ端からやったと思う。

・毎朝コーンフレークやパンを食べること。
 (実家は農家。毎日、ご飯だった!)

・宴の後の楽しい気分のまま、コタツで朝まで寝てしまうこと。
 (実家では、寝ていると必ず誰かに起こされた!)

・好きな写真を特大サイズで印刷して、飾ること。
 (美術好きの父になんて言われるか、と実家では飾れなかった!)

・毎晩、同期や同僚と飲み、終電で帰ること。
 (実家では、親に心配をかけるので時々だった!)

・全身全霊の恋をすること。
 (実家は関係ないけれと、一人暮らしを始めて、気持ちは自由になった気がする!)


小さな夢の数々を叶えて行った。
他人から見たら、他愛のないことばかりだけれど。
今はもうできない。
あの時だから、できた。
あの時したから、もう満足した。
あの時やっておいて、よかった。


もっと小説の世界に出てくるような、大きな事件はなかったのか。
ホストクラブに通い詰めて、1人のホストに恋をして、貢ぎまくって破産するとか、ギャンブルにハマってカイジみたいなとんでもない奴と戦ったとか。

そういうのは、、ない。

朝いつも同じ時間に起きて、会社に行った。
前夜どんなに飲んでも、必ず10分前には会社に到着した。
10分前行動は、両親のポリシーだった。小さい頃から染み付いていたし、1人で暮らしたって、それは変わらなかった。
部屋も、だいたいは片付いていた。実家がそうだったから、そうでないと落ち着かない体になっていたみたい。

ただ、掃除までは手が回らなかった。頑張って、週に1度、週末に掃除機をかける程度。
床は、すぐにほこりや髪の毛だらけになった。母は少なくとも2日に一回は掃除していたのだろうな。と初めて気づいた。

自由にできると言われても、
根付いているものに気づいたし、感謝もした。
たくさん。


会社の借り上げてくれたマンションは、
快適だったけれど、治安があまり良くない場所にあった。1年が過ぎた頃に、引っ越しを決めた。

今度は与えられた部屋でなく、自分で探すところからだった。新しい街に住むことを想像するのも、間取りを眺めるのも、楽しかった。
会社の先輩からの
「物理的な距離は、心の距離とイコールだ」
との名言を受け、当時付き合っていた彼(今の夫)の家にアクセスの良い沿線に住むことを決めた。
まだ、スマホもほとんど持っていなかった時代だから。今よりずっと、距離は大事だったんだ。


引っ越し先は、都内だった。
古い商店街が残り、都内のわりに、人が少ない駅だった。
窓からは、新幹線がまっすぐ横切って行くのが見えた。その新幹線の先が、実家に続いているというのも、忙しかった当時の拠り所だった。

2年ほど住んだ。
夫と結婚が決まって、一人暮らしの家を引き払う時、
空っぽになった部屋の窓から、新幹線が横切るのが見えた。
「あぁ、ここは私だけの城だったんだな。」と、
そのとき初めて気づいた。

気づいた時に、お別れなんて切ない。


自分で選び取り、自分で居心地よく作り上げた、
私だけの城。

震災の日、帰宅難民になった翌日、
無事にたどり着いて、
この扉を開けた時、どんなに安心したことか。

単身、東京に来て、
仕事にも、
生活にも、
恋にも、
粉骨砕身してきた自分は、
その小さな城の中で生きていた。

今から思うと。

その時は、
一日中寝てたり、
一週間一度も自炊しなかったり、
母に「どれくらいの頻度でシーツ洗ってた?」て聞いて「週に一回くらいかな」て言われて(私、全然洗ってない!)と、腰を抜かしたり、

小さな事で、クヨクヨして、

「もう私全然頑張ってないやん。」
て思ってたけど。


家族がそばにいない寂しさを抱えながら、
そんなことにはちっとも気づかないふりをして、
全力で。生きてたわ。



あの時の1人用の小さい冷蔵庫も、こたつも、
手放してしまって、今はもうない。
けれど、
あの時の私は、今も私の胸のど真ん中に立ち、
充実した輝く顔で笑っている。




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