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ひとり、街を歩く夜に思うこと

急に歯が痛くなって、
夜遅くまでやっている歯医者に駆け込んだ。
夕食の仕度はしてきたし、子供たちは夫が見てくれる。

歯の治療を終えて外へ出ると、
すっかり真っ暗だった。春の雨が、静かに降っていた。

夜は久しぶりだ。
子供が産まれて、そのあと感染症が蔓延してから、1人で夜に出歩くことは、ほとんどなくなった。

久しぶりの夜は、
いつもの街をなんだか知らない場所みたいにしていた。

歯医者の並びに、予備校がある。
昼間は、いつも空っぽで薄暗い。
けれど今は、部屋は煌々としている。受験生達が大勢、机に被さって、問題を解いている様子が見える。換気のため開け放たれたドアからは、熱気が漏れ出てくるようだった。そこには一体感があった。

私はひとり、傘の枝を握りしめて、家路を急いだ。


帰りのバスには少し時間があったから、
駅前のスーパーに寄った。

売れ残った魚が、半額になっていた。そっか、そんな時間なんだな。旬の鰆なんて、最近は高くて手が出なかったんだけど、久しぶりに買えた。
得したな、って呟いた。

レジの後、袋づめしていてふと見ると、周りは2人組ばかりだった。夫婦なのか、恋人同士なのかは分からない。4〜5組ほどいた。
みな一様に、片方は買い物袋を広げて、片方がせっせと詰めている。そうするのが、この場のルールみたいに。買っているのは、出来合いのお惣菜。仕事を終えて、遅めの夕食の買い出しかな。
お互いすごく楽しそうという訳ではないし、淡々としている。けれど、パートナーにしか分からない呼吸があった。

ルールから外れた私は、ぼんやりその様子を見ながら、立ち尽くしてしまった。




わたしが、いつもこのスーパーに寄るのは午前中。その時間は、1人買い物している老人が多い。新聞折り込みの広告にのった、安売りの野菜や果物を少しだけ買って帰っていく。

老人の集団に、混ざることは容易い。私も1人だし、同じようなものを買うから。

私の住む地域は、大学やオフィス街からは遠いし、物件も2人以上の家族を想定しているものが多く、圧倒的に一人暮らしが少ない。

昔住んでいた都内は、夜でもみんな1人で買い物していた気がするんだけど。おかしいな。

こんな風に、急に1人を突きつけられるとは思っていなかった。
1人カフェも、1人映画もずっと若い時からできたけど、それは1人で過ごすことを楽しむ覚悟があったからだ。ちゃんと用意があったから、できた。
ふいに突きつけられると、足元がぐらぐら揺れて、崩れてしまいそうな気持ちになる。自分が立っているところの危うさに、初めて気づいたみたいに。

父も母も健在で、
夫も子どももいて、
こんな私が「寂しい」っていうのは、間違ってるのかもしれない。贅沢だと言う人もいるかもしれない。

ある側面ではそうだ。その通り。
分かってる。理解してる。
小さな幸せ?できるだけ毎日噛み締めてる。

だけど、私自身は今、
家族以外どんな集団にも所属していないし、
熱気を発するほど何かに集中することもほぼないし、
夜一緒に荷物を詰めてくれるパートナーもいない。

それだって事実なのだ。
そのことを、寂しいと思うことだって。



そんな折、夫からスマホにメッセージが届いた。
「バスで帰るの?」
「うん」
「それなら良かった by息子」
「なんで?」
「お母さんが、暗い中1人で歩いて帰ってくるんじゃないかって心配してたみたいだよ」
「優しいっ!(泣)」

この言葉で、寂しさの中に沈んでいた気持ちが、ふっと軽くなった。





こうありたいな。

息子はきっと、いつもいるはずのお母さんがいなくて寂しかっただろう。だけど、自分が寂しいってことよりも、お母さんが一人ぼっちで暗い中帰ってくるなんて大丈夫かなって、想像してくれたんだ。

私は人間そんなに出来てないから、私は寂しいんだよ!だけの時ももちろんあるんだけど、そこから少し踏み込める人でいたい、とは思ってる。

足りない。寂しい。
その、夜の雨みたいに冷たく暗い気持ちを、
ちょっとだけ大事にしたいと思ってる。
そうすることは、私以外の人を想像する助けになるんじゃないかって思ってる。

世界にはたくさんの人がいる。もうタイプ分けなんてできないくらい、しても意味がないくらい色んな人がいる。自分と全く同じ境遇で、同じように世界を見ている人なんてほとんどいない。

自分と違う人もきっと足りないし、寂しい。
理由は違うかもしれないけれど。

その誰かの寂しさを想像する時間を、
差し出せる人でありたい。

せっかちな私には、すごく難しいんだけれど。修行中だ。“1人だと思っていたけど、自分のことを考えてくれている人がいた”その事実だけで泣くほど嬉しいこともきっとある。


それから、そっと優しい言葉を、
かけられる人でありたい。

息子の「それならよかった」みたいに。
寂しさの中に沈んでしまった人をすくいあげて、花が咲くような笑顔にさせる優しい言葉を。
そっと。

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