【ショートショート】「宇宙人たちのいるところ」(5,570字)
ともだちになった宇宙人が人を食べていた。
その宇宙人は工業団地のはずれにある空き地に無造作に置かれているプレハブ小屋の中で、その人間(だった物)に直接齧りつき、貪るようにしてその血肉をすすっていた。
周囲に充満していた血と臓物の臭いが僕の鼻に入り込み、僕は気分が悪くなった。
「誰かを呼びにいかないと……」
僕がその場を離れようとしたとき、宇宙人はようやく僕がその場にいることに気が付いたようにこちらを向くと、口から血を滴らせながら言った。
「誰かに告げ口する気じゃないよね? だって僕たち、“ともだち”になったのに」
ともだち――、僕の頭の中でその言葉が渦のように回っていた。
どうしてこんなことになってしまったのか。僕は一週間前のあの日のことを思い出していた。
※
その宇宙人と初めて出会ったのは、この夏一番の暑さといわれていた日の朝方だった。
僕が林の中を歩いていると、円盤型の宇宙船から出てきた宇宙人を見つけたのだった。
その宇宙人は僕と同じ姿だったけど、彼が宇宙人であることは明らかだった。
彼が僕に話しかけてきた言葉は、僕の聞いたことのある種類のものではなかったし(自慢じゃないが、僕はそれなりに言語に通じていた)、彼の発する気配は明らかに僕らのそれと異なっていた。
不思議と恐怖心はなかった。それよりも、その宇宙人のことをもっと知りたかった。彼の住んでいる星のことや彼の食べているもののことを知ることで、僕は自分の星をもっと発展させることだってできるような気がしていた(自慢じゃないが、僕はかなり研究家肌な性格だった)。
こちらを見つめる彼に敵対心は感じられなかった。僕は彼とともだちになれるような気がしていたのだった。
「や、やあ」おそるおそる、僕は宇宙人に向けてそう言った。
「・―-・―――・」宇宙人である彼は答えた。僕はなんとなく、彼が僕と同じように挨拶をしているんじゃないかと感じた。
そこで初めて、僕は彼が僕と同じように相手のことを理解しようとしていることを知った。
僕と彼はその日一日を費やし、お互いの言葉を共有した。僕は言語に関しては自信があり、その日の夕方ごろには彼が発する言葉の大半を理解してしまった。
「正直なところ、君たちが自分と違う星に生きる僕のことを珍しがって、僕のことを捕まえて実験したりひどいことをしたりしないか不安なんだ」
宇宙人である彼の心配はもっともだった。
「そんなことしないよ。確かに、かつてそんな風に考えた人たちもいたみたいだけど、でも、そんなのはごく一部のことだよ。皆、きみたちとともだちになりたいって思うはずさ」
僕がそう言うと、彼はゆっくりと頷いて、言った。
「じゃあさ、まずは僕たちがともだちになろうよ。そうして少しずつともだちを増やしていけば、きっとお互いの星の全員が、いいともだちになれるはずだよ」
彼は僕と同じくらいの大きさの手を差し出した。お互いの信頼の証として、握手という文化があることはさっき話したばかりだった。
僕らは手を取り合い、ぎゅっと握ってから、笑った。
「強く握りすぎだって」
「きみこそ」
僕らは明日も宇宙船の前に集まる約束をして別れた。
「お腹がすいたなあ」
別れ際に、その宇宙人がぼそりと呟いたのを僕は聞き逃さなかった。
翌日、宇宙船の前で出会った彼の洋服には赤い染みが付いていた。
なんだか厭な予感がして、僕は彼に尋ねてみた。
「服に付いているそれ、どうしたの?」
彼は、あ、というように少し気まずそうな様子を見せて、ごしごしと掌で服を拭った。赤い染みは落ちることなく、シャツに薄く広がっただけだった。
「なんでもないんだ、それよりも、今日はきみの星の文化について教えてほしいな」
取り繕うように言う彼のことを少し不審に思うけど、ともだちになったばかりの宇宙人のことをあえて疑ったりしたくはなかった。
僕は自分の星の文化について――たとえばどんな生き物がいて、どんなものを食べて、どんなことを考えながら暮らしているかについて説明し、宇宙人である彼は興味深そうにその話を聞いていた。
「きみは普段どんなものを食べてるの?」
聞いた瞬間、僕はしまったと思った。ともだち同士であっても秘密が存在しない訳ではなく、その質問はそんなことの一つのような気がしていた。
その宇宙人は、僕の目をのぞき込むようにして見つめた。そのとき、僕は初めて彼に恐怖心を抱いた。ともだちといっても、彼と僕は違う星の住人であり、そこには確かな文化的な差異が存在しているはずだった。
「ごめん、まずいこと聞いちゃったかな……」
「そんなことないよ。ひょっとして、なにか心配しているの? あはは、僕がきみに危害を加えることなんてあるはずがないよ。だって僕たち“ともだち”だろ?」
「そ、そうだよね」
僕はそう答えることしかできなかった。結局、その質問には答えてもらうことはできなかった。
その日も僕と彼はいろんな話をした。翌日も、その翌日も。
「そういえばさ、昔、僕たちのご先祖様が、この“地球”っていう惑星に来たことがあるんだって」
彼は言った。
「ほんと?」
「石を何段も積み上げたり、牛に穴を空けて殺したり、稲穂を倒して地面に絵を描いたり、いろんなことをして遊んだって、公的な記録もちゃんと残ってるよ」
「その宇宙人はまだ生きているの?」
「いや、もう処刑されちゃったよ」
「処刑!?」
「そりゃそうだよ、僕たちの星では、過度に宇宙人と関わったら重罪なんだ。ましてやその星の生き物を殺すだなんて、バレたらおしまいだよ」
「そうなんだ……」
「でも心配いらないよ、僕はいい宇宙人だから、きみたちを傷つけるようなことは絶対にないって約束するよ」
「そ、そうだよね」
「それよりさ、僕の星では――」
率直に言って、彼と過ごす日々は知的好奇心に満ちて、なにより楽しかった。僕らはお互いの星で流行っている遊びをして、笑いあった。
僕が宇宙人と出会って一週間が経過した。
その間は、宇宙船が停められている界隈で、最近になって行方不明者が頻発していると、近所のおばさんたちが噂しあっているのを聞いたくらいで、おおむね、平和な時間が過ぎていった。
なぜ彼のあとをつけようと思ったのか、特に理由があるわけではなかった。
ひょっとすると、僕は彼の話を聞くだけでは自分の知的好奇心を満足させることができなくなったのかもしれない。彼が普段、どのような生活を送っているのか、ありのままの姿を知りたくて――いや、そうじゃない。僕は彼を疑っていたのだった。彼がこの集団に属すことのできない異常な存在なのではないか。巧妙に隠されてはいたものの、僕は彼の言葉や言動の端々から、そのような気配を感じざるを得なかった。彼は危険だと、僕の直感がそう告げていた。
僕と別れると宇宙船がある場所を離れ、彼は閑静な住宅街を進んだ。
人間の皮をかぶった彼は(これはもちろん比喩だ、そう信じたい)誰からも怪しまれることなくその景色に溶け込んでいた。
少しずつ家と家との距離が遠くなっていき、遠くには高い煙突の立った工場が目立つようになった。段々と人通りが少なくなっていった。彼はあとをつける僕に気が付くことなく、雑に舗装された道をずんずんと進んでいった。
あたりは夕暮れに包まれていた。なにか良くないことが起きるような、そんな気がして仕方なかった。何度か引き返そうか迷ったけど、僕はそうすることができなかった。
工業団地には捨て置かれたようにいくつも空き地があった。
彼はそのうちの一つに足を踏み入れた。奥に朽ちたプレハブ小屋のある寂し気な場所だった。
僕はプレハブ小屋の傍に立ち、耳をそばだてた。中からは男女がなにか言い合うような声が聞こえた。
次の瞬間、女性の短い悲鳴が聞こえた。
一瞬の逡巡ののち、僕は覚悟を決めてプレハブ小屋の中を覗き込んだ。
そこで僕が見たものは、胸にナイフのようなものを刺された女性と、その女性に嚙みついている(というよりも明らかに咀嚼までしている)宇宙人の姿だった。それはぼくのともだちだったものだった。
「ひ、ひどい……。誰かを呼びにいかないと」
僕があとずさると、彼は振り返って言った。
「誰かに告げ口する気じゃないよね? だって僕たち、“ともだち”になったのに」
彼は特に焦った様子もなく、女性の胸からナイフを抜いた。真っ赤な血が女性の胸に空いた穴からぴゅっと飛び出した。女性は首の辺りの肉が彼の歯の形にえぐれており、もう息はないようだった。
「そんなふうに人を傷つけるようなやつと、ともだちになんてなれないよ! きみの星の人たちは皆がそんなふうじゃないんでしょ。どうしてそんなことをして平気なのさ」
「心がないからじゃないかな」
「心が――ない?」
「この間、ご先祖様が牛に穴を空けたりして遊んでいたっていう話をしたでしょ。その処刑されたっていう人と同じだよ。こんなこと、ただの遊びでしかないんだ。やってみたら、ちょっと刺激的で楽しいかな、っていうくらいの」
「ひどい」僕は宇宙人である彼を信じた自分を呪いたくなった。
「僕が宇宙人だからこうだと思ってる? それは違うよ。どこの星だってきっと同じだよ。皆と同じことを考えたり感じたりできない人はどこにだって一定数いるものさ。そいつは宇宙から来たのかもしれないし、同じ星にいて隣の家で素知らぬ顔をして暮らしているかもしれない。宇宙人だとかそうじゃないとか、そんなことは関係ないんだ」
彼は僕に一歩、また一歩と近づいてきた。手には血の付いたナイフがしっかりと握られていた。
「やめろ、それ以上近づかないでくれ」
僕はかつてともだちだった宇宙人に懇願するけど、そいつはもう僕の言葉に聞く耳を持っていないようだった。
彼は僕の目の前に立つと、僕に向けてナイフを振り上げた――。
「JS=PJ“O!I=# UIR=N!!!(誰か近くにいるか、助けてくれ!!!)」
僕は大声で助けを呼んだ。
聞きなれない言語に、彼は一瞬、たじろいだ様子を見せて、二三歩後ずさった。
その瞬間を僕は見逃さなかった。
僕は両手で彼のナイフを持っている方の手首を掴んだ。彼はなおも、僕にナイフを降ろしてこようとしている。力はほぼ互角だった。僕はこんな華奢な少年ではなく、もっと大柄な男に変身しておくんだったと後悔した。
「S=$%!(痛っ!)」ナイフが肩の部分に触れる。僕の肩から流れた薄緑の粘液がシャツを汚した。
次の瞬間、黒い影が勢いよくプレハブ小屋に飛び込んできた。それは一匹の大型犬だった。大型犬は宇宙人の首元に思い切り噛みつくと、首を左右に振って肉を食いちぎってしまった。
きょとんとしている彼の首からは鮮血が飛んだ。彼はその場に倒れ込むと、そのまま二度と起き上がることはなかった。
「DEAU=#“8(災難だったな)」
大型犬は僕の母星語でそう言った。彼は僕の声を聞きつけて助けに来てくれた、僕と同じ地球文明探査先遣隊の一員だった。
僕が所属する地球文明探査先遣隊の任務は、天の川銀河オリオンの腕太陽系地球星の文明の程度を調査し、彼らの文化――特に食生活について研究を行うことだった(言語の専門家である僕の役割は主に緊急時における地球人とのコミュニケーションだった)。
僕らは十四の宇宙船に分かれて、母星であるラニアケア銀河団の辺境にある惑星を出発した。
連続ワープ航法やら時差ぼけやらで、僕は先遣隊の中でもっとも遅くに地球に到着しただけでなく、到着場所も予定地を大幅に外れてしまった。なにより最大のミスは、宇宙船を地球人の少年に見つけられてしまい、あろうことか周辺の探索している間に、中に入られてしまったことだった。今回の任務では地球人とのコンタクトはご法度だった。
あってはならないミスだった。帰ったらとんでもない目に遭わされるかもしれない。顛末書を書かされたり、上司に厭味を言われたり、減給されたりする可能性だってあった。
幸いにして事前に人間の姿への変身を終えており、助けを呼ばれるようなことはなかった。
地球に降下する直前に、『E.T』という地球の映像作品を鑑賞していたこともあり、僕は彼と友情を深め、あわよくば彼からこの星の食生活をヒアリングすることで、この星での調査を終えてしまおうかと考えた。
だが、どうも彼の様子は事前に資料で読んでいた地球の人間の一般的な食生活とは違っているようだった。
彼からは終始、彼と同属であるヒト科の死骸の臭いがしていたのだった。
「HOU#J=) HDU=I“&(いい報告書が書けそうだな)」
大型犬の姿をした仲間はすでに動かなくなった二つの人間の体を見下ろしながら言った。
地球に生きる人間の(おそらく極端に特殊な)食生活を観察できたことに対してそう言っているのだった。
僕はその言葉に答えなかった。なぜなら僕は深い喪失感を覚えていたからだ(自慢じゃないが僕は傷つきやすかった)。
彼がどんな人間であろうと、彼は僕にこの星の言葉や文化のことを教えてくれた恩人であり、短い時間であったとしても同じ時間を過ごしたともだちだったのだ。
「BDE%“(U=”&(宇宙船に戻ってるよ)」
僕は大型犬に変身した仲間の頭を撫でてから、すえた臭いが充満するプレハブ小屋をあとにした。
『E.T』では二人の宇宙人が真実の友情を育むことができた。僕らにも果たしてそのような未来があり得たのだろうか。
いくら考えても答えは出なかった。僕は宇宙船に戻ると用意していた味の薄い携帯食料を口に詰め込むと、調査期間を終えるまで彼のことを思い出して過ごした。
思い出の中のともだちはいつも笑っていて、とても楽しそうで――
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