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【ショートショート】「2人いる!」(1,755字)

 小型宇宙船U-507号は天の川銀河の最果ての星まで到達し、人類初とされる地球外生命体とのコンタクトに成功した。
 宇宙船に乗っていた地球外生命体の調査クルーがエデンと名付けたその星には水や大気があった。そこで調査クルーの面々が見つけたのは、緑色の粘液状の生物だった。

 その生物は地球で言うところのナメクジのような軟体動物門に近しいものと思われた。ただ、体長は一メートルを超し、人間が歩く程度の速さで移動することができた。
 エデンにはその生物が多く存在し、それ以外の生物はいないようだった。

 調査クルーはサンプルにその生物(便宜的にスラグと名付けた)を一体、宇宙船に運び込むと、エデンを離れ地球へと引き返した。ワープ航法を駆使して地球へはおよそ地球時間で一ヵ月ほどの旅になる見込みだった。

   ※

 トラブルが起きたのはエデン星を発ってから二週間ほどが経過したころだった。

 小型宇宙船には四人の調査クルーが乗っていたが、クルーが目を覚ますと五人に増えていた。そしてサンプルとして保管していたスラグがいなくなっていた。そしてよくよく確認していくと、船長のサリーが二人いることが分かった。

「ちょっと誰よあなた」
「あなたこそ誰よ」
「真似しないでよ」
「そっちこそ真似しないでよ」
「なによ」
「なんなのよ」

 三人のクルー員は二人のサリー船長が争う様子を呆然と見ていた。

 口を開いたのはクルーで生物学を担当していたニックだった。

「これは状況から考えて、地球外生命体のスラグがサリーの肉体をコピーしたとしか思えないぞ。サリー、スラグになにかしなかったか?」
「皮膚の硬度を調べるために指先で少し触れたけど」
「皮膚の硬度を調べるために指先で少し触れたけど」

 全く同じ外見をした二人のサリーは同時に言った。

「きっとそれがトリガーになって、スラグが君をコピーしたんだろう。それにしても困ったな、まったく見分けがつかないぞ……」

 ニックの言葉を聞いて青くなるのは、クルーで言語学を担当するタクマだった。タクマは大きな体に似合わない神経質そうな声で言った。

「そういえば、君は、その、妊娠が分かったばかりじゃなかったか?」

 二人のサリーは同時に自分のお腹に手をやった。宇宙船が地球を発ってから二週間後にクルーの医学担当のマリによってサリーの妊娠がクルー員に告げられたのだった。
 すぐにマリによって検査がなされ、二人のサリーのそれぞれのお腹に子供が宿っていることが分かった。

 これを聞いて取り乱したのはタクマだった。タクマは熊のように大きな体格をしている割に気が小さかった。

「このままじゃ、俺たちはどれだけの危険があるか分からない宇宙人を制御不能な状態で地球に連れ帰っちまうことになるぜ。それも宇宙人の赤ん坊まで。どんな赤ん坊が出てくるか分からない以上、ここでどちらかを殺してしまった方が……」
「なんてこと言うの! 殺した方が本物のサリーだったらどうするの」

 マリが声を荒げた。

「マリの言う通りだ。今すぐなにか危害を加えられるわけじゃないようだから、もう少し様子を見てもいいんじゃないか」生物学に精通しているニックはあくまで冷静だった。
「殺すなんて冗談でも言わないで!」サリーが叫ぶと、「こんなときに冗談なんて言うもんか!」とタクマが応戦する。

 小型宇宙船U-507号の船内は次第に混沌とした様相をていしていった。


 そんなやり取りを見ながら、二人のサリーのうちの一人は思った。

 地球と言えば、確か自分の遠いご先祖様が長旅の末にたどり着いた星だったはずだ。そこにはアダムとイブという最初の人間がいて、ご先祖様はイブとかいう人間に触れてその姿をコピーすると、アダムという人間をそそのかして本物のイブを殺させてリンゴの木の下に埋めたと聞いている(そうして実ったリンゴは真っ赤でとても美味しかったとか)。

 つまるところこの宇宙船のクルー員を含めて地球にいる誰もがすでに自分たちの遠い親戚であるはずだった。
 しかし、ここでそれを告げてしまうとパニックになった人間によって自分と大事な赤ん坊まで殺されてしまう恐れがあったので、サリーのうちの一人は「どうしてこんなことになってしまったの、あいつのせいで……」ともう一人のサリーを指さすとおいおいと泣いてみせた。

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