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街とドラえもん

←Vol.04を思い出す

2014.4.9

朝食は優雅にホテルでいただいた。きのう散々歩いたので、きょうは少し学習をして、行きたい店や場所を前もってGoogleマップ上に保存しておいた(これ、いい方法なのだけれど、保存した地点にメモなどを付記できるともっと使い勝手がよくなるのに。実はできるのだろうか)。

気のいいベルボーイによると、今晩19:30にこのホテルのロビーに来れば、明日の朝にはニャチャンに着く。この時点では、ホテルまでバスが迎えに来るのか、どんなバスなのか、ニャチャンまでの道のりはどういう感じなのか、皆目分からない。結構スリリングだが、できることは19:30にホテルに戻ってくることだけだ。

そうなると荷物が邪魔だ。どうせ戻ってくるのに担いで行くのも馬鹿らしい。フロントに「戻ってくるまで荷物を預かってくれませんか?」と頼みたい。頼みたいけれど、英語でなんと言うのだろう。ちょっとハードルが高い。調べてみると、" Would you keep my baggege ? "と言うらしい。インターネットは素晴らしい。エレベーターの中で「ウッジューキープマイバゲッジ?」を何度も復唱して、いざフロントへ。
「ウッジューキープマイバゲッジ?」
自分が発している英語の「台詞を棒読みしている具合」に、笑いそうになる。
「△×■◎▼……」
相手の英語は、まるで聴き取れない。でも、にこやかに荷物を持って行ってくれたので、通じたということだ。

覚えたての外国語が通じると、自分の根っこに近い場所がフルフルと嬉しい。これは、何なのだろう。川に魚が泳いでいるのを見かけたときの抗えない昂りに似ている。そんな原始的な喜びと手ぶらの解放感で、気持ちよくチェックアウトして、ホーチミンの街へ出た。

今回のように往路と復路とで立ち寄る街が同じときは、帰りの方が俄然面白くなる、と思っている。面白くなる、というより面白さが変わる、といった方が正確かもしれない。何もかもが目新しい往路の「面白さ」と、日常の風景にいちいち気を取られなくなってから気づく復路の「面白さ」とはまるで違う。

この日は、帰りのホーチミンで寄るところの目星を付けておこうと、街をさまよった。ドンコイ通り、デタム通り、ベンタイン市場……。

新しい高層ビルのすぐ隣に、小汚いけれどやけに旨そうな食堂があったり、スーツのビジネスマンが出入りするビルの入口付近に、チープなベトナムコーヒーの露店があったりする。もちろんスーツのビジネスマンの客など一人もいない。

歩くだけで消耗するのは、たぶん暑さやバイクのせいだけではない。街が新旧、清濁、貧富、明暗すべてを呑み込んで、もう制御できないほど肥大化してしまった「何か」に動かされている。街自体に体力を奪われている気がした。宮崎アニメ「もののけ姫」のダイダラボッチを思った。

ベンタイン市場は、圧巻だった。迷路のような通路、雑然と置かれた各店の品物、品物に埋もれてしゃがみながら昼食を取る若い女性店員たち、果物エリアで「ムッ」と臭ってくるドリアンの香り、目が合うと「お兄さん、安いよ」と日本語で話しかけてくる客引き。圧倒的にアジアだ。

ガイドブックのベトナムが、おしゃれで整然として見えたのは、本は「音」や「臭い」を伝えないからだ。ガイドブックを読んで想像していたよりも、ずっと「僕の中にある東南アジア像」に近かった。面白いじゃないか。
「帰りの俺は、今よりもかなりいい感じになっているはずだから、それまで待ってろ」と思いながら、何も買わず、何も食べず、何も飲まず、何も話さず、ベンタイン市場を後にした。要するに、尻込みしたのだ。

東南アジアの街は、よく「少し前の日本のようだ」と表現される。少なくとも僕は、こんなに混沌としたパワフルな街を体験していないはずなので、もう少し前の日本のことなのだろう。そして思うのだ。「仮に、ベトナムが少し前の日本に似ているとして、ベトナムは、少し後で現在の日本のようになっているだろうか。現在の日本のようになりたいだろうか」と。そして思い直すのだ。「待て待て。じゃあ日本は、なりたくて現在の姿になったのだろうか」と。

通りかかった露店に雑誌や新聞、マンガが並んでいた。足を止めて眺めてみると、『ドラえもん』と『名探偵コナン』が数巻ずつ置いてある。ベトナムでは、これらが人気らしい。吹き出しの中がベトナム文字になっている『ドラえもん』をパラパラとめくりながら、以前自分で作ったドラえもん短歌を思い出していた。

僕たちが今進んでいる方向の未来にドラえもんはいますか

そして、だいたいいつものように自分に帰結していく。「そんなことを思っている俺はどうなのか。なりたくて現在の俺になったのか」と。後は、だいたいいつものようにそれ以上考える意味がなくなって、我に返るのだ。

「そろそろホテルに戻らないと」


19:30少し前にホテルのロビーに行くと、気のいいベルボーイが「やあ、ちゃんと覚えていたね」と出迎えてくれた。さて、どんなバスが来るのだろう。いよいよニャチャンへ出発である。

Vol.06に続く→

そんなそんな。