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長く歩く渇く

←Vol.02を思い出す

2014.4.8

9:00にホテルをチェックアウト。明晩乗る寝台列車ゴールデントレインズの切符を取るため、サイゴン駅へ向かった。Googleマップで調べると、「2.7km(徒歩33分)」とある。ほうほう、割と近いではないか。
……が、しばらく歩いたあと、観測隊として南極に行った友人の言葉を思い出していた。

吹雪いているときは、ほんの数メートル先の棟に行く渡り廊下で凍死することもあるんだよ

Googleマップで、その棟と棟との間を調べたら、たぶん「5m(徒歩5秒)」とか表示されるのだろう。現時点のGoogleマップは、その場所の気温とか、高低差とか、使用している人間の歩く速さとか、方向感覚とかは考慮されていない。近くても命の危険にさらされることだってある。

要するに、尋常じゃない交通量で、尋常じゃなく暑い上に、尋常じゃなく迷ったのだ。
(Googleマップを持っていながらなぜ?)と思うなかれ。生粋の方向音痴にとって理由なく迷子になることなど造作もない。

道路は、バイクの群れで埋め尽くされている。機内で観た「水曜どうでしょう」では「カブ天国」と言っていたけれど、現在カブはそれほど多くなく、ほとんどスクーターだった。みんな柄の入ったマスクをしているけれど、そのかわいらしさにまるで見合わない圧倒的な群れの迫力。二人乗りは当たり前で、三人乗りや四人乗り、赤ちゃん抱っこ乗り、どうやって乗せたのかわからないほどの荷物乗せなど、奔放もいいところだ。信号はあっても、ほぼ参考にされていない。クラクションは警告音としてではなく、各々の自己主張の道具として鳴らされていた。
(これを渡るのか……)と、気が遠くなった。昔ゲームセンターにあった「フロッガー」のカエルになった気分だ。

おずおずと渡り始める。お、思ったよりも進める。それぞれのバイクは、さほどスピードを出していないし、慌てなければ、バイクの方がよけてくれる。いくつか通りを渡っているうちに、バイクの群れにもなんとなく法則性があることがわかってきた。信号に従うのではなく、人間同士の「阿吽の呼吸」で渡るのだ。気は抜けないけれど、絶望するほどでもなかった。

それでも、なるべく道を横切らないようにふわふわ歩いていたら、まず現在地がわからなくなった。Googleマップは、時折捕捉できなくなるようで、さっきの地点から動いていない。(しばらく適当に歩けば、分かるだろう)と、なんとなく歩き続けた。たぶん登山で遭難してしまう人の典型的なパターンだ。

歩きながら、街を観察する。暑い。あとで調べたら、最低気温が27度で、日中は35度まで上がる。でも風が吹けばちゃんと心地よいし、日陰に入ればちゃんと涼しい。真夏の大阪のビル街よりずっと過ごしやすい。たいていの日陰では人が涼んでいる。バイクの上で寝転がっていたり、低いプラスチックのテーブルを囲んで、カードゲームを興じていたり、スマートフォンをいじっていたり。涼んでいるのは男性が多い気がする。働いていないのだろうか。いや、彼ら全員、昨日まで目いっぱい働いて、週1日の休日であるきょうを楽しんでいるのかもしれない。それはわからないけれど、街は騒々しくて活気があるのに、人はどこかのんびりしているように見えた。

Googleマップを確認すると、どこでどう間違えたのか、サイゴン駅とはほぼ逆方向に歩いてきている。ベトナムでは、各通りに名前がついている(ただ、見慣れないベトナム文字と耳慣れない響きなので、名前を覚えるのがなかなか困難)。交差点のたびに各通りの名前が標識で示されているのに、本当にどこでどう間違えたのだろう。この時点で歩き始めてから約1時間半が経過していた。

のどが渇いた。昨晩買ったミネラルウォーターは、もうずっと前に飲み干している。「水を……」と思い、道すがら屋台の様子を観察する。お茶のペットボトルの中身が、その屋台オリジナルのお茶っぽい何かに変わっていたりする。(ああ、ここは無理だ)と、静かに通り過ぎる。次の店をのぞくと、倉庫のように無造作に裸のペットボトルが積んである。(ああ、もう少し探そう)と、静かに通り過ぎる。このくり返しだった。いよいよ口の中の水分がなくなってくると、中学時代の部活動を思い出した。練習中の水分補給が禁止されていて、のどの奥の上と下がくっついてうまく離れない感じ。ほどなくしてガラス張りの冷蔵庫を備えている店を見つけ、事なきを得た。のどが渇いているときの水は、本当に旨い。

暑さで頭がぼんやりする。もうサイゴン駅はあきらめて、ホテルに向かおう。切符はあしたの朝にでも取りに行けばいい。この日はこの旅行で一番高額なホテル(といっても、日本円で1泊10,800円だが)を予約していた。Googleマップでホテルの場所を確認すると、なるほどまったくの逆方向だ。来た道を戻るのは、なんとなくしゃくにさわるので、別のルートを歩き始める。たぶん登山で遭難してしまう人の典型的なパターンだ(2回目)。

もう無理です、歩けません、というところでホテルに到着。13:00。炎天下を4時間うろついていたことになる。チェックインは14:00なのだが、そんなことはもう知らない。ホテルのロビーに入ると、すかさずベルボーイが寄ってくる。ああ、ちゃんとしている。こちらがベトナム語にも英語にも不自由しているとわかると、とてもゆっくりにこやかに話してくれる。わからなそうなことは、英語を紙に書いて説明してくれる。この人、いい人だ。

部屋は、なかなか無意味にデラックスだった。部屋に着いて、まずしたことは「洗濯」だった。着替えを2日分しか持っていないため、できるときに洗濯しておかないと、すぐ着るものがなくなってしまう。へとへとの身体にムチ打って、こじゃれたバスルームでパンツやTシャツを洗う。
部屋の中に干し終わったと同時に、ベッドに倒れ込んで、ひとまず眠った。

Vol.04に続く→

【おまけ】

2週間ベトナムの街を歩き続けて会得した「仁尾流ベトナムでの道路の渡りかた」がこちら。

1.俯瞰しない
遠目から全体を眺めると、バイクの群れは全部連なっているように見えて、どう考えても渡りきるのが無理に思えてくる。まずは、目の前に迫りくるバイクだけを見つめて、1歩踏み出してみる。

2.とにかく前進
歩き始めたら、止まったり、ましてや戻ったりしてはいけない。ゆっくりでも前へ前へ。明治大学ラグビー部のように「前へ」が合言葉。

3.バイクよりも車に注意
バイクは、人間がむき出しで乗っているので、まだ運転も慎重だけれど、車はバイクの中に入ると強そうで偉そうで傍若無人なので要注意。

そんなそんな。