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スポーツジャーナリズムの世界で壮絶に戦ったある女性記者の話

ライターの仕事#7

森喜朗氏の女性蔑視発言が世界中から非難を浴び、日本では連日この話題が続いている。そんな中で、ある女性記者のことを思い浮かべた。

私がニューヨークでMLBの取材を始めた頃、いつも取材に行くヤンキースタジアムで出会った、Rさんだ。Rさんもちょうど時を同じくして、ニューヨーク大手新聞のコラムニストとして働き始めていた。

当時はまだデジタルで記事を読むという環境にはなく、いつも現地の新聞を買って読んでいて、Rさんのコラムが載っていれば必ず真っ先にそれを読んだ。彼女は他の誰にも持ち合わせていないような独特の視点で選手や試合を見ていて、その文章には才能が溢れていた。実際、彼女はいくつかの記事でスポーツジャーナリズムの賞を受賞している。

そんなRさんとは、特別仲が良かったというわけではなかったが、会えば挨拶を交わし合い、女性同士どこか通じるものがあった。何か出来事が起こると、顔を見合わせて微笑み合うようなこともよくあった。

Rさんは大学卒業後、スポーツジャーナリストになろうと決意し、ボストンの大手新聞社「ボストン・ヘラルド」を訪ね「記者として雇ってください」と直談判して職に就いたというガッツのある女性だった。間もなくアメフトの担当になり、ニューイングランド・ペイトリオッツを取材するようになった。

しかしアメフト記者になった途端、大変なセクハラ事件の当事者になってしまった。まだ駆け出しの22か23歳くらいの頃だ。

NFLの練習日に、ペイトリオッツのクラブハウスで選手を取材していた時、数人の選手が素っ裸で彼女を取り囲み、野卑な言葉を投げつけ、卑猥なジェスチャーをしてきた。1人の選手は、彼女の目の前で自分の性器を手でしごき、もう1人の選手は彼女の背中に向かって同じことをしたという。

彼女は「あれは精神的なレイプです」と被害を訴えたが、ペイトリオッツ側は当初、そんな彼女をあざ笑っていた。チームの当時のオーナーであるビクター・キアムは彼女のことを「超一流のビッチだな」と侮辱し、スポーツ界のイベントの場でジョークのネタにしたこともあった。

NFLはこのセクハラスキャンダルの調査を行い、それによって事件は世間の知るところとなったのだが、彼女はペイトリオッツファンから総攻撃を受けることとなった。ヘイトメールや脅迫状、殺人予告の手紙が後を絶たず、自家用車を割り出されてタイヤをパンクされたり、住んでいたアパートに何者かが侵入したこともあった。ボストン・ヘラルド紙の当時のオーナーは見かねて、彼女をオーストラリアのシドニーにある新聞社に出向させることに決めたほどだった。

二十歳をちょっと過ぎたばかりの女性が、たった一人で、針のむしろと化した世間の中で晒され、拷問のような日々を経験したのだ。精神的なダメージはいかばかりだったか。心に血が流れ、痛くてたまらなかったのではないかと思わずにはいられない。彼女と出会った当初、そんな過去のことはまったく知らなかったのだが、もし知っていたら肩を抱いてあげたかった。若くしてこんな壮絶な人生を送る人が身近にいることに、驚愕する思いだ。

それでも彼女はその後シドニーで7年間、スポーツジャーナリストとして素晴らしい実績とキャリアを積んだ。ペイトリオッツの複数の選手とオーナーに対しては、人権侵害とセクハラと名誉棄損で訴訟を起こして戦い、8カ月後に示談で決着している。事件から8年後、彼女は米国に戻り、ニューヨークで新聞のコラムニストになった。

米国というのは、こうした壮絶で泥沼な事件や出来事をいくつも経て差別や偏見と向き合ってきた歴史があり、それだけに人々の精神の内にある意識に、切実さがあるのではないかと思った。

日本では、こんなにも過激な出来事はそうそう起こらない。その分、理知によってさまざまなことを判断しなければならないのだと思う。


※写真はニューヨーク・マンハッタンの街角で ©Shoko Mizutsugi




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