見出し画像

それでも、まだ、僕は、やれるだろうか

内観を、深堀する。
自分なりの、自分だけの、自分にしか行けない、深層へ。



また、邪魔をされた。

頑張ろうと思っているときに
また、邪魔をされた。

ほんとうに悔しいし
ほんとうに苦しいし
ほんとうに哀しいし
ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに。

毎日「命」について考える。

頭をよぎるのは「どうやったら自分の命を」ということ。

頭の中で想像して、カタチにして、もしも、と。

その人の苦しみは、その人にしかわからない。
いま、改めて、そういうことを、そういう言葉を、思い出す。

いま、苦しいのは、難しいのは、厳しいのは
「イマ」という地点から、現実を受け止めているから。

これが、数か月先、半年先、1年先、3年先、5年先、10年先
その地点で見たとき、僕は、笑えているだろうか。

「あの日の自分は、ほんとうに良い経験したな」と、言えるんだろうか。

自分の言葉は、まだ、生きているんだろうか。

誰かのタメに、生きることが、できるんだろうか。


僕は、他の誰かじゃない。
僕は、僕にしか紡げない物語がある。

悪くもできるけれど
良くもできると、信じることで
「イマ」を変えられると、毎晩願い、眠りにつく。

朝起きて、劇的に変わることなんて無いけれど
僕は僕として、生きているという事実と、また向き合う。

「出来ていた」ことが、いまは「出来ない」ことが多い。

まだまだ、厳しい。
かなり無理をすることが、正直、必要だ。

それでも、まだ、僕は、やれるだろうか。
それでも、まだ、僕は、できるだろうか。

まだ、息をしている。
まだ、言葉を紡げている。

いつか誰しも、それが出来なくなる瞬間がある。

それまでの物語を、自分で、紡げるのであれば
自分らしく、ありのまま、チャレンジしてみることで
自分の経験が、体験が、いつか、誰かのタメになることを、信じて。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?