孤独な王様と糸紡ぎ娘

たいそう孤独な王様がいました。

頭の切れる、立派な王様で、民からは慕われていました。
王様はたくさんの革新的な案を出し、それを実行し、国を潤わせてきたからです。
人々は、彼を「才ある王様」と呼び、称えました。

しかし、王様の頭の中は、常に多くのことでいっぱいでした。
一国を背負うその肩は責任で重く、王様の心は必死でなにか……大きく吸い込みたい空気のようなもの、ふわっとひろがる花の香りのようなもの、を求めていました。


王様は、壮麗な姿をしていましたが、すでに若い年齢ではありませんでした。
そこで、そろそろ妻をむかえてみようかと思い立ちました。
今まで国政に没頭するあまり、それどころではなかったのです。

そう決意すると、革新的な王様らしく、国のあちこちから「我こそは」と名乗り出る女性を募ることにしました。


たくさんの女性がやってきたので、面会にも時間がかかりました。
なんと、まる3ヶ月です!
王様は、ひとりひとりと直接対面しました。
ひと目みて、「だめだ」と感じる相手もあれば、
何度か時をともにして、天気のいい日に庭を歩いたり、
音楽に満ちた広間で踊ったり、
気に入りの書物を前に話し合ってみたりする相手もありました。

見目麗しい娘や、世にも美しく妖艶に踊ってみせる女、
やさしく、かいがいしく、心をこめて王様に尽くす女、
高慢でありながらも機知に富み、気品ただよう令嬢など、いくらでも候補は現れました。


しかし、王様は、何か空虚でした。
心の求めているものは漠として、ますます広がっていく有様でした。
そもそも結婚自体が向いていないのではないかと、王様は落胆し始めました。


今日で面会はやめよう、と考えていたその日のことです。
応接の間へ入っていくと、ひとりの女が立っていました。
こざっぱりとはしているものの、決して豊かでない服装、これといって目立つところもない外観。髪の毛も、控えめな砂色です。

きけば、糸紡ぎをしている娘だといいます。
おかしなことに、この娘は、王様に何も「見せよう」としませんでした。
いわば、ただ、そこにいました。


豪華な部屋を背景に、どこにでもいるようなこの娘は、面食らうこともなく、かといって虚勢を張ることもなく、ただ口もとに笑みをうかべて立っていました。
王様は、不思議に思ってたずねました。

「あなたは、なぜここにやってきたのか。」

「あなたの魂が呼び、私の魂がこたえたからです。」
娘はこたえました。

「あなたに、何ができるのか」

「私は、あなたに何かすることはできません。
私は、私であり続け、今まで通り糸を紡ぐでしょう。
けれども、私は感じます。あなたの心を。」

「感じる?」

「ええ。私は、あなたの感じることをともに感じるのです。
あなたの心の景色を、私は心で見て、
あなたの心の奏でる音を、私は心でききます。
あなたの流す涙は私にあとを残すし、
あなたの起こす笑いは、私を一緒に楽しくするでしょう。
私はそういう者です、王様。」

「それが本当だとしたら……」

王様は、低く、かすれた声で言いました。

「そんなことが、どうしてできるのだ。」


娘は、このとき、輝く瞳でこたえました。
「あなたを、人を、大地を……世界を愛しているからです、王様。」


「あなたの感じたものが、私の感じたものだと、どうしてわかるのだ。」

なおも、王様はたずねました。


娘は、それにはこたえず、片手を自分の胸にあてると、もう片方の手でそっと王様のほおにふれました。

その目は、王様の目をまっすぐにとらえました。
王様の目から突然涙があふれました。
かなしくもないのに、あとからあとから流れました。

胸の中心から、1本のあたたかい線が生まれ出て、この娘の胸の中心と通い合っているのがわかりました。

それは目に見えなかったけれど、王様にもはっきりと感じられたのです。


王様は娘と結婚しました。

それから、王様の肩は重くありません。
自分のほかにも、たくさんの愛がこの国を動かしていると、今は知っているからです。

王様は、純粋なよろこびから仕事をし、
救う者であること、英雄であることをやめました。


妻の、糸を紡ぐ音がきこえてきます。
カラカラカラカラ……
王様は仕事の手をとめて、その心地よい響きに憩います。

ひとりで泣くことも、ひとりで笑うことも、
決して、決してないのだと知っている王様は、幸福です。

 (この物語は、2006年から2009年の間に私、masumiが自サイトに掲載していた創作の再掲載です。
2011年に開設した現在のブログ内で行った、これらの物語の紹介はこちら◆「物語をアップします」


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