幸せな青年(虹色の衣をまとったお姫様2)
虹色の衣をまとったお姫様の物語をおぼえていますか。
これは、あのお姫様の、つづきのお話です。
天界でのしばらくの期間をおいて、お姫様は今、とある農夫の家のかわいい男の子として生まれました。
きょうだいのたくさんいる、にぎやかな家でした。
彼は、小さな頃、きょうだいたちとキャベツ畑で遊ぶのが好きでした。
大人の頭ほどもあるキャベツを目を見はって眺めたり、モンシロチョウを追いかけたり、古い納屋にかくれて、ひんやりした木のにおいをかいだりしました。
納屋に置いてある古い道具も、小さな探検家たちの財宝になりました。
彼は、学校の勉強があまり得意ではありませんでしたし、からだも少し弱かったのですが、働ける年齢まで成長しました。
農場を手伝うきょうだいはたくさんいましたので、町へ出て、郵便局につとめました。
町でみるにぎやかな商店や、たくさんの乗り物、人であふれるパブなどが、青年の心を明るくしました。
青年は内気で、目立たない人間でしたが、仕事仲間のことが好きでした。
毎日、スタンプを押すことも、カウンターにやってくるお客さんを見ることも、愉快に思っていました。
1年、2年、3年たって、この仕事を解雇されたときでさえ、
「ああでも、ここにいられたことはいい思い出だ」
と考えたほどです。
仕事仲間のひとりが、あくる日の馬車番の仕事を紹介してくれました。
青年は、馬が好きでしたので、わくわくしました。
それも、結婚したばかりの2人を乗せる、飾り立てた特別な馬車の番をする予定だったのです。
青年は、自分の好きな女性のことを思いました。
いつか、こういう馬車に2人で乗ることがあるかしら、と想像しました。
けれども、その夜、青年はぽっくり死んでしまったのです。
びっくりして、自分の肉体を見下ろしながら、青年は考えていました。
「明日の馬車番がいなくては、困るだろう。
でも、どうやってもぼくの体へは戻れないみたいだし。
どうしたらいいのだろう」
その時、とてもなつかしい感触が、青年をつつみました。
「馬車番のことは心配しなくていいのですよ」
と、その気配は、声になって言いました。
「ぼくは、死んだんですね」
青年は心の中でつぶやいたのですが、声はそれを聞き取ってこたえてくれました。
「ええ」
そのこたえを聞いたとたん、青年はこの人生が終わったことを悟りました。
あふれるような愛と、感謝の気持ちがなだれこんできました。
「ぼくは、好きだったんです。この人生を。この世界を」
生まれたときから今までの、様々な場面が去来しました。
なつかしく、愛しいものでした。
家庭をもつことも、何かでひと旗あげることもなかったけれども……
青年は、ふっと、ほほえみました。
なんて、すてきな世界を見たのだろう。
胸を震わせて、毎朝よく響く声で鳴いていた鳥達。
霞の中歩いていくと、草花にのっていた透明な露で服がぬれた。
家族の喧騒。スープのあたたかさ。湯気。
いつも色が変わる、高い空。
耳もとをさらう風の音。
町の人たちの、それぞれの人生に忙しかったり、買い物をしたり、笑ったり、怒ったりしている姿。
カフェで、隣りの人がおしゃべりしている声。
それから、まだ思いを伝えたこともなかった、好きな女性の笑顔。
横からみたときの、ほおのやさしいふくらみ、まつげ。
彼女に出会ってから、思い悩むことも含めて、色んな感情を味わうことができた。
おかげで、今までの世界に別の色がついたみたいだった。
「どれもすばらしかった。
ありがとう。ぼくに、この世界をくれて、本当にありがとう」
青年が、心をこめてお礼を言うと、かたわらにいた“存在”は、こう伝えてきました。
「知っています。知っています。あなたのことは何でも。あなたの感じていることも。私は、あなたなのですから」
青年は、そのとき、思い出したのです。
この世界と、自分が、ずっとひとつだったことを。
(この物語は、2006年から2009年の間に私、masumiが自サイトに掲載していた創作の再掲載です。
2011年に開設した現在のブログ内で行った、これらの物語の紹介はこちら◆「物語をアップします」)
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