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#自己認知

写真とは未知の認知への変換

写真とは未知の認知への変換

「ゲシュタルト崩壊」という言葉がある。
見知ったものが全体性を失いバラバラになって意味がわからなくなることである。
ゲシュタルトとは、まとまりを持った「姿形」のことであり、それに伴う認知のこと。
人間は、通常ものを見たときに一瞬にしてその姿形を認知している。
この認知があるので、日常は日常として捉えられているのだが、このゲシュタルトが崩壊したときに非日常が生じる。
つまり日常の中の非日常とはゲシュ

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見るものは、見られるものである

見るものは、見られるものである

写真は額縁の中の絵ではなく、体験(体感)の窓である。
受け身に三人称(客観的)の画を撮ろうとするのではなく、
能動的に一人称(主観的)の視界を獲得することが重要である。
それは、他人目線を捨て自分目線を取り戻すことである。
我々は日常、自分自身の行いや思考を他人目線で見ていて、
見る側と見られる側に分裂させている。
この分裂が私に不安や孤立感を与えて「私は克服されなければならないもの」「私は不十分

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世界は合わせ鏡

世界は合わせ鏡

つまらないなと感じる写真を撮る人に共通しているのは「この人何が撮りたいんだろう?」ということ。
見たいものが定まってないので、目の前の目立つものにフラフラと飛びついたり人の真似事で終わったりしている。
なんか付和雷同というか、自身の中ではなく外界に何らかの答えを見出そうとしているわけね。
そもそもそんな答えなんか外界にあるはずもない。だって見ているのは自分だから「僕はいったい何を見たいんでしょう?

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