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さよならパーティードレス そして時は動きだす

妊娠してからずっと、時が止まっていた場所がある。

クローゼットだ。

季節の服はもちろん入れ替えるし、それなりに買い替えもする。けれども、子育てでバタバタしている間ずっと放置されていた


・10年近く前に買ったスーツ

・独身時代に着た結婚式用パーティードレス

・ドレスに合わせたボレロ

・なんとなく捨ててなかった産褥ショーツ


これらはクローゼットの中でずっと息をひそめていた。

毎年サイズアウトしていた息子の冬用アウターが今年はまだ着られそうで、もこもこの小さいダウンを自分のクローゼットにぐいぐい押し込み、閉めるのに苦労して決意した。

スーツとドレス、捨ててよくね?

化石のようなお洋服たちとの戦いが今始まるーー。

■■

実は何度も捨てようとしては、クローゼットに戻してしまっていた洋服たち。

いざ手に取ってみると、まだ着られそうだし、なんとかサイズも入ったし、それなりにお金を出したし、まだもったいないかもと、ついつい現状維持してしまっていた。

でも、試しにちゃんと着てみよう、と袖を通し、鏡の前に立ってみることに。

懐かしい、よく着ていたスーツ。うん、入る。脳内にはかつて着ていた時のイメージがあるので、まだ大丈夫だな、なんて思ってしまう。でも、鏡の前に立つと、すごい。

強烈な違和感。
奇天烈な恰好をした私がそこに立っている。

肩パットが異様に目立つジャケット。
裾のシルエットがそれじゃないパンツ。
どこがどうとは言えないけれど、違和感のある縞模様。

ちょっと襟元の色が落ちてきているけど、まだいけるかな、じゃない。
ダメ。全然ダメ。
これはもう着られない。

鏡を見るまで気づいていなかった。
「まだ入るから大丈夫」じゃあ、全くない。

これはやばいぞ、と背筋がひんやりして、眠っていたパーティードレスを手に取る。

これは同じ課の先輩の結婚式で着たやつだ。社内結婚だったから、お偉いさんも一同参加する。粗相があってはならないと、百貨店のドレス売り場で事情を話して上から下まで揃えてもらったもの。高かった。
まだ結婚式に呼ばれ慣れていなかったから、緊張したなぁ。確か友人の結婚式でも着た。3回くらいは着たかな。

ひさしぶりにカバーを外して、体を通してみる。

ふふ。

ファスナーが閉まらない。

当時も結構ギリギリだったから、まぁ仕方ないと思いつつ、体形の変化を受け入れざるを得ない。

経産婦だもの。こんなものよね。体重も増えているし。産後も綺麗なあの人も、あの人も、私とは別の人種な
の。ちくしょう、好きなだけ食べて素敵な体形でいられたらいいのに。

でもまぁ、おかけできっぱり捨てられる。そう思いながら、一緒に購入したベルベットのボレロも羽織ってみる。まだ見た目も綺麗で、充分着られそう。羽織る時ちょっと肩がきつかったけど、物はいいし、なんなら売れるかも、と皮算用しつつ鏡の前に立つと、

だ、だめだーーーーーーーーーーーーーーー!!!
ガンダム!!ガンダムになってる!!!!!!!

戦慄した。俺がガンダムだ、なんて言ってる場合じゃない。

肩回りがゴッツい。

ぱっつんとしたパフスリーブの膨らみから、たくましい腕がのびている。

強そう。可憐さとか、微塵もない。

パフスリーブで丈の短いボレロ。当時は「視線を上に誘導してスタイルアップ」とかそんな感じの代物だったはず。それが今や、ガンダム。
シルエットが完全に時代遅れ。

面白すぎて思わず夫に見せに行ってしまった。

「これはない」

夫の声もあり、潔く捨てる気になった。

というか、これはやばい。生地が良くぱっと見綺麗でも、デザインがアウトならアウトだ。

自分の脳内にある、かつて纏っていた頃の記憶とのギャップが面白くて、他のも全部着てみよう、という気になった。

シフォン素材のワンピース。私が似合う色合いのはずだけれど、着てみると、完全に年齢と合っていない。

「デザインはかわいいけど、30半ばの着るやつじゃない」

夫のコメントはもっともだ。スカート丈がちょっと短いし、ものとしては可愛いんだけど、なんというか、今の私が着るものではない。
大事に保管していたけど、生地もちょっと傷んでいる。
ゴミ袋に入れよう。

もう一つシフォン素材の黒のボレロ。やはり丈が短く、デザインがアウトだ。
生地も縫製も良く、形も崩れていないのだが、どうしようもない。これもガンダム。

唯一、控えめなゴールドのすとんとしたボレロだけは、違和感なく着れそうだった。残そう。着る機会があるかはわからないけれど。

結局、パーティードレスは全て処分することになった。今度結婚式に呼ばれたら、ドレスはレンタルにしよう。

ついでに産褥ショーツなどの細かいものの処分した。クローゼットにはすっかり余裕ができ、息子のアウターもするりと入るようになった。


ようやく時が動き出したような気がした。

■■

妊娠してから約6年、体調の変化や怒涛の子育てに追われ、コンロの掃除や、ちょっとした汚れを拭くとか、今回のように要らないものを捨てるとか、そういったことへ手が回らなくなった。子どもを生かし、私も死なないようにするので精一杯だった。

最低限整えてはいたけれど、手が回らない部分の汚れが、なんとなく家の中が薄汚れているなと地味に私の心を蝕んでいた。
でも気力体力を使い果たしていたので、どこがどう悪いのかも意識できなかった。

けれども、子が3歳を超えた頃から、少しずつ周りに気を配り、整える余裕が出てくるようになった。

今回のことも、その延長線上にあるのだろう。

ほかにも、最近はいつの間にか変色したりボロくなったりしていたまな板、包丁、水切り籠を買い替えたので、食事の準備がちょっと楽しくなった。

少しずつ、心のゆとりが戻ってきているような気がする。小さいことでも、そんな変化がとてもうれしい。

すっきりしたクローゼットに、乳児育児の戦闘期間終了と、自己の回復を感じるのだった。

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