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Survivor's Guiltってかっこよすぎ

Survivor's Guiltーーサバイバーズ・ギルト。
発音だけ聞くと、メタルのタイトルにでもありそうな単語だ。直訳すると「生き残ったものの罪悪感」みたいな感じだろうか。(やっぱりメタルのタイトルみたいだ。)

これは最近ではだいぶ有名になった心理学の言葉で、たとえば戦争や旅客機事故のような大事故、あるいは虐待・犯罪などで多数の人が亡くなった中、ひとりだけ生き残った生存者などが抱きがちな「私だけ生き残ってしまった」というような罪悪感を示す概念である。

前記事で小学校の時にかかった珍しい病気について長々と書いた際、病気の予後については、割合順調だったと軽く書いたが、本当にきつかったのは、このサバイバーズギルトに連なる精神的な後遺症であった。

※前記事はこちら。

というのも、前記事でも軽く触れたが、私の病状が「白血病か否か」を見極める骨髄穿刺の検査を受けた際、同じような病状・疑いで同じ検査を同じ日に受けた入院患者が、もうひとりいたのである。

話は検査の日から1週間ほど遡る。
毎日9時頃〜正午にかけて発熱し、16時頃にかけてゆっくり平熱に下がる生活に慣れた私は、発熱中でもトイレや気晴らしの散歩(病棟内の同じ階のみの軽いもの)をすることが増えていたのだが、お盆を控えて少しずつ入院者が減っていく病棟で、トイレへ行く途中に前を通る病室の入院患者が、1人に減っているのに気がついた。

あれは午後2時くらいだっただろうか。
ふと気になって車椅子を扉の前に止めると、病室の右手奥、ベッドを半ば傾けて起こした上で、横になっていた男の子がこちらに目を向けたーーように感じた。窓からの逆光で、正確なところはわからないが、白目に反射する光が動くのは見た記憶がある。
男の子は少し年上のようで、ほっそりと痩せていて、具合が悪そうだった(もっとも入院患者で症状が軽くないのにあんなに動き回っていたのは、私くらいなものだった)。
彼は物静かな性格のようで特に何も言わなかったし、私も同年代の人間に対しては人見知りだったので「ぁ」とか「ぅ」とか言った挙句に、早々に自分の病室に逃げ戻った。

夕食時に看護婦さん(当時はまだこの呼び名だった)に聞いてみると、彼はSくんという中学生で、私と似たような高熱で私より3日早くから入院しているのだという。
私の4人部屋の病室も他のベッドは空いていたし、隣の病室は空っぽだったので、3つ隣の病室とはいえ、入院患者がいたことはなんとなく嬉しかった。また、目まぐるしく同室者が入退院していく様を、半ば嫉妬めいた感情で見送っていた身としても、長期入院の仲間がいたことを心強くも感じた。

私が骨髄穿刺を受けた同じ日に、同じく骨髄穿刺を受けたSくんは、しかし、白血病であった。

私がJRAと診断されて安堵した数日後に、Sくんは大学病院へと転院していった。
ちょうどナースステーションで看護婦さんとお喋りをしていた時に、がらがらと引かれていくストレッチャーが来て、その上の彼と一瞬目が合った。
知り合いですらない私は、何も言えなかったし、彼もちらっと私を見ただけだった。
ストレッチャーに付き添う、おそらく彼の母親であろう女性は、疲れていながらも穏やかそうなひとだった。

約一年後(私はとっくに退院した後)、定期通院の際に、Sくんが大学病院で亡くなったと主治医から聞いた。

後味は最悪に悪かった。
勝手に興味を持って、勝手に共感して励まされて、挙句自分だけが安全圏に退くことができた幸運を、喜んで嫌悪した。
「自分もああなっていたかもしれない」という想像に心底恐怖したし、少しでも共感した彼の状態を「ああ」と呼ぶ身勝手さも、我が事ながら嫌だった。

罪悪感めいた気持ちは、高熱が下がらなかった闘病の初期に感じた「本当に死ぬかもしれない」という底なしの恐怖と強く結びついて、私の夏の記憶に深く残ることになった。

同じような死の恐怖を感じたことのある人はわかるだろうが、あの「死の実感」は死神のようだ。長い鉤爪で、後ろから首を掴まれているような肌感覚。
逃れても逃れても、追いかけてくる気がする。
人がいずれ死ぬ運命であることは確かだから、それを確信を持って振り払うことは誰にもできない。

「10万人にひとり」と言われた病にかかったなら、「2人にひとり」の癌や「10人にひとり」の糖尿病はもちろんのこと、「1万人にひとり」のALSやその他難病のほとんどにかかる可能性も十分にあるのだーーそんな考えに取り憑かれ、一時期はテレビや本で見る病気のどれもに、自分が罹患している気がして怖くてたまらなくなった。

当時はまだ心理的なケアなどは一般的ではなく、こういった恐怖や罪悪感を両親や医者に話しても、「心機症」と揶揄されるか、良くて苦笑いされる程度だったため、共有され得ない恐怖は、思春期に深い孤独として残った。

幸いなことに、私は以降命に関わる病気をしたこともなく、三十路に入った今ではそんな恐怖も罪悪感もかなり薄れている。
時々発作のようにそういった恐怖に支配されるが、それが一般的にも名前のついた心理反応であり、私の良くない「癖」であることは理解できているし、たいていは一晩寝れば治るようになった。
とはいえ、20代の多くの時間をこの恐怖と共に過ごしたことは事実であり、苦痛も大きかったので、今もこの恐怖に苦しむ人に、いずれ有効な治療法が提示される日がくることを祈っている。

(追記:今思えばこの罪悪感や恐怖もPTSDの類であったと思うので、EMDRなどはやってみれば有効だったかもしれない。扱える人あんまりいないけど……このへんの話もまたいずれ。)

それにしても、サバイバーズギルト。
よく見たらRPGのコミュニティ名みたいだな。

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