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猫のエルは/町田康・ヒグチユウコ

出先で読むんじゃなかった。涙目。三度目の読了にして。猫の日だからと気軽な気持ちで手に取ってトートバッグにしのばせて、おんなじように気軽な気持ちで読み進めてみればこのありさま。
確かに猫の話だ。猫に関する短編と詩から成る五篇。だけど読み進めるうちに、自分にとっての掛け替えのない存在へと想いを馳せずにいられなくなる。思い浮かぶのはおんなじように猫かもしれない、犬かもしれないし家族や友人、大切なひとの笑顔でもあるだろう。読み手にとってそれぞれ異なるその存在が、掛け値なしの愛しい唯一無二であること。
誰がなんと言おうと代わりなどいないから。

ともに過ごす時を重ねて愛しさが募るほど、いつか必ず訪れる永遠に引き離されるその時が怖くなる。
失った後に無常にも続いていく日々を生きていけるんだろうかと不安にもなる。
別れのための準備など出来る筈もないから、不安が過ぎる度に、それを和らげるために今をめいっぱい愛しむだけだと思うようにしている。そうする事で様々なものごとに思い出が宿って、悲嘆にくれて咽び泣く瞬間がいつか訪れるかもしれないけれど、そういう事も含めて、いなくなってしまった後でも完全に失われてしまうわけではない事を体現できるように。
わたしの命が続く限り、覚えている限り。

町田康さんは猫をたくさん飼われている作家さんでもあるので、猫の勝手気侭な振る舞いからちょっとした仕草の愛らしさまで、細やかな説得力がそこかしこに満ち満ちているので読んでいて微笑ましい気持ちにもなります。
ヒグチユウコさんの絵も柔らかそうで可愛らしくて、それなのにどこか不穏で。出会いから生命のおわりまで、様々な場面を語る物語と絵の相乗効果。
とても贅沢な作品だと思う次第。
きっとまた何度でも読みます。

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