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1曲聴く間に伝えるSuprême NTM "Qu'est-ce qu'on attend"

フランス90年代HIPHOP#2

Today's Choice:
Suprême NTM "Qu'est-ce qu'on attend"
1995年発表

Music Links:
このシリーズのコンセプトは、「皆さんに1曲聴いて頂く間にざっくりその曲の魅力をお伝えすること」です。
日本ではあまり馴染みのないフランスのHIPHOPをご紹介するにあたって、細かい能書きよりもまずは音に触れて頂ければ。
そんなわけで、まずは↓のリンクで今回の曲を再生しながら読んでみて下さい。
特に今回の曲は、MVが超シンプルなのに滅茶苦茶カッコ良いです。
MVに釘付けになってこれ以降のレビューまで皆さんのスクロールが進まなければそれも本望です。



Back Ground Review:
今回はフランスHIPHOPをマジのガチで代表するグループ・Suprême NTM(スプレム・エヌテーエム:以下、NTM)が1995年に発表した彼らの代表作となる3rdアルバム『Paris Souls Les Bombs』(爆弾に埋もれたパリ)から"Qu'est-ce qu'on attend"(俺たちは何を待ってるのか)です。
ちなみにこのアルバムにはアメリカからNAS, AZ, Foxy Brown, Beatnutsらも参加しています。

-NTMという叫び

NTMの基本的な構成は2MC。高音な声で温和な表情からブチギレボルテージまで自由自在なポルトガルと英国の血を引くKool Shen(クール・シェン)と、NINEやZEEBRA的なガナリ声が好き者には堪らない、中国系の血も引くJoey Starr(ジョーイ・スター)が中心です。(他にも時期によって異なるバックDJがいるのですが、ここでは割愛します)
NTMのストーリーは、中流家庭に育ったKool Shenがアメリカ旅行中に出会ったHIPHOP文化を持ち帰ったことから始まります。すっかりHIPHOPに感化されたKool Shenが出会ったのは、当時母親から引き離され、父親から虐待を受けながら暮らしていたJoey Starrでした。(ペットのウサギを父親に殺され、それを無理やり料理して食わされるなど、かなり酷い扱いを受けていたそうです)
Joey StarrKool Shenの持って来たHIPHOPという文化に、自らの鬱屈した思いを発散させる糸口を見つけます。まずは表現方法としてグラフィティにのめり込みながら、異なる待遇の2人がパリ郊外のゲットー・サンドニ地区で作り上げたラップグループがNTMでした。それは自らの境遇に対して、それを作ったこの街に対して、クソだと叫びたい思いの結実でした(ちなみにグループ名のNTMはNique Ta Mère=Fuck Your Motherの略語)。

この『Paris Souls Les Bombs』は、そんな彼らの思いがスキルの向上を経て完璧に表現出来るようになった、代表作となる3rdアルバムであり、"Qu'est -ce qu'on attend"はそのスタンスが最も強く出た1曲です。

-月日は過ぎていくのに変わらねえ、道が綺麗に舗装されても俺たちの空間は狭くなってる by Kool Shen

既にここまで聴いて頂いた方なら分かると思いますが、ゲットー地区への扱いが変わらない政府や警察への怒りと不満がとにかく充満しており、それがとてつもない迫力になっています。
LG Experience製のトラックもHookでPublic Enemy "Raise the Roof"の声ネタを差し込んでいるあたりからも、この曲のメッセージはただ一つ。

「このクソみたいな環境から抜け出すのに、何を待つ必要があるんだ?(Mais qu'est-ce, mais qu'est-ce qu'on attend pour foutre le feu ?)」です。

HIPHOPの「自己」を徹底的に語り抜く音楽です。自己を見つめ直す中で、それが自己が置かれている環境・社会への問い掛けに発展することも少なくありません。その問い掛けに場所がアメリカであるか、本当に治安が悪いのか、なんてことは重要ではないのです。本質は、自己がこうだと思った現状、それに対する思いをリスナーに説得力を持って響かせることが出来るか。
NTMのこのアルバムはその社会への思いが充満しています。この曲を筆頭にアルバム中に扇動的な空気が立ち込めており、NTMの2人も警察への侮辱で今作のリリース後に起訴されるという事件も経験しています。まさにフランスでのPublic Enemy的な立ち位置を獲得しています(幸い金払いで揉めて空中分解したりはしていません)。

何気に日本のHIPHOPでは、黎明期に社会・環境への怒りをコンセプトに打ち出したHIPHOPグループはありませんでした(自分が今忘れてるだけか?)。その影響もあってか、何となく社会へ構造的な怒りをぶつけるのはアメリカのHIPHOPの特産物みたいな感覚もあり、ひいてはそれは黒人差別の歴史に結び付くからだ、みたいなイメージを抱きがちかも。実際には世界中の社会的弱者が叫びをあげる武器としてHIPHOPが力を与えており、NTMはその大きな成功例のひとつと言えるでしょう。HIPHOPが社会的弱者の為の武器となった、その国際的な例としても是非チェックを。

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