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週末読書メモ86. 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』

(北海道十勝の農家6代目による週次の読書メモ)

物語を紡ぎ切る。それがどのようなことかを考えされられる一冊でした。


現代日本小説家の代表、村上春樹さん。

彼の代表作の一つであり、尊敬する方が勧めていたこともあって手に取った一冊、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』。

読後、ビジネス書だけでは得られない感覚・世界観に触れられる内容となっていました。


幻想世界〔世界の終り〕で生きる〈僕〉の物語。現実世界〔ハードボイルド・ワンダーランド〕で生きる〈私〉の物語。静寂な幻想世界との怒涛な現実世界の2つの物語が、章ごとに入れ替わり、同時進行して織りなす物語となっています。

詳細な内容は、この読書メモでは触れないとして、本の中の一つのテーマは、人の「心」です。

心というものはもっと深く、もっと強いものだ。そしてもっと矛盾したものだ。

たとえ記憶が失われたとしても、心はそのあるがままの方向に進んでいくものなんだ。
心というものはそれ自体が行動原理を持っている。それがすなわち自己さ。
自分の力を信じるんだ。そうしないと君は外部の力にひっぱられてわけのわからない場所につれていかれることになる。

僕には心を捨てることはできないのだ、と僕は思った。
それがどのように重く、時には暗いものであれ、あるときにはそれは鳥のように風の中を舞い、永遠を見渡すこともできるのだ。

村上春樹さんは「心」というものを大切に、そして深く向き合われていることを、柔らかな口調でありながら、読者の心を掴むようなメッセージで綴ります。


また、このような小説にあるように、作者の想いや考えが、物語の内容の節々に名言(名シーン)となって垣間見れます。

「信じるのよ。さっきも言ったでしょ?信じていれば怖いことなんて何もないのよ。楽しい思い出や、人を愛したことや、泣いたことや、子供の頃のことや、将来の計画や、好きな音楽や、そんな何でもいいわ。そういうことを考えつづけていれば、怖がることはないのよ」

「僕は自分の勝手に作りだした人々や世界をあとに放りだして行ってしまうわけにはいかないんだ。君には悪いと思いよ。本当に悪いと思うし、君と別れるのはつらい。でも僕は自分がやったことの責任を果たさなくちゃならないんだ。ここは僕自身を囲む壁で、川は僕自身を流れる川で、煙は僕自身を焼く煙なんだ」

これらの言葉は、村上春樹さんが心の底から湧き出たものなんだろうなあ…


その上で、村上春樹さんの作品を初めて読んで印象深かったこと、それは、あえて自分のメッセージを表立って主張せず、ただ淡々と(それでいて)壮大なスケールと微細な解像度で紡がれた世界観(物語)です。

同じく、現代日本人小説家のトップランナー、カズオ・イシグロさんの『日の名残り』。

そして、世界の大文豪、シェイクスピアやトルストイ、ドストエフスキー。

この人達の作品は、壮大な世界観に加えて、書き手の主張がこれでもかと感じ取れる作品でした(なので、良くも悪くも教訓も分かりやすいです)。

けれど、本作『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、(正直に言うと)村上春樹さんの主張がとても分かりにくいです。そして、すっきりした読後感があるかというと、それも何とも言えず…

しかしながら、その登場人物達のセリフや行動、物語の描写や流れが頭と心の節々に残っており、言葉にし難い、けれど、忘れることのできないような感覚が残ります。傑出した書き手が作る物語の凄みを目の当たりにします。


ビジネスでも立場が上になるほど(特に経営側の立場になれば)、顕在的な問題ではなく、潜在的な問題。さらには創発的な問題に向き合うことが求めれます。それは未来を創ること・世界を創ることとほぼ同義でもあります。

哲学家であり、小説家のような側面も持たなければならない中で、超一流の方が創る語とは如何なるレベルかを、本作からも垣間見ることが出来ます。


同時に思い出されるのは、前回の本にあったように、その壮大で緻密な世界も、一歩一歩作り上げるしかないという事実。

新しい取組みを実現するには、解像度の高さが必要、そんな意見もあります。しかし、現実的な問題として、遠い未来であればあるほど、最初の解像度は極めてぼんやりとして持てないことも少なくありません。

そんな中で、いかに解像度・世界観を作り上げていくか。そして、最後にはどれほどの物語・世界観を紡ぎ切るか。そんな言葉ではし難い事柄を、村上春樹さんは、その作品によって、読み手に示してくれるような一冊でした。


【本の抜粋】
私はできるだけ便宜的な視点からものごとを眺めようと心懸けている。世界というのは実に様々な、はっきりといえば無限の可能性を含んで成立しているというのが私の考え方である。可能性の選択は世界を構成する個々人にある程度委ねられているはずだ。世界とは凝縮された可能性で作りあげられたコーヒー・テーブルなのだ。

「僕はただこの街のことを知りたいだけなんだ。この街がどのような形をしていて、どのように成り立っていて、どこにどんな生活があるのか、僕はそれを知りたいんだ。何が僕を規定し、何が僕を揺り動かしているのかを知りたいんだ。その先に何があるのかは僕にもわからないのさ」

「(中略)選択というのはそういうものなんだよ。たとえ一パーセントでも可能性が多い方を選んだ。チェックメイトされたら逃げる。逃げまわってるうちに相手がミスをするのかもしれない。どんな強力な相手だってミスをしないとは限らないんだ。さてーー」

「しかし本人が充足しても、まわりの人間はそうじゃない。まわりの人間はその充足の壁を破って、なんとかその才能を利用しようとするんだ。だから今回のようなアクシデントが起るんだ。どれだけの天才でもどれだけの馬鹿でも自分一人だけの純粋な世界なんて存在しえないんだ。いつか誰かがやってきて、それをほじくりかえす。君のおじいさんだってその例外じゃない。そのおかげで僕はナイフで腹を切られ、世界はあと三十五時間で終わろうとしている」

「信じるのよ。さっきも言ったでしょ?信じていれば怖いことなんて何もないのよ。楽しい思い出や、人を愛したことや、泣いたことや、子供の頃のことや、将来の計画や、好きな音楽や、そんな何でもいいわ。そういうことを考えつづけていれば、怖がることはないのよ」

目を閉じるとその光が私の瞼をあたためているのが感じられた。太陽の光が長い道のりを辿ってこのささやかな惑星に到着し、その力の一端を使って私の瞼をあたためてくれていることを思うと、私は不思議な感動に打たれた。宇宙の摂理は私の瞼ひとつないがしろにしてはいないのだ。私はアリョーシャ・カラマーゾフの気持がほんと少しだけわかるような気がした。おそらく限定された人生には限定された祝福が与えられるのだ。

「僕は自分の勝手に作りだした人々や世界をあとに放りだして行ってしまうわけにはいかないんだ。君には悪いと思いよ。本当に悪いと思うし、君と別れるのはつらい。でも僕は自分がやったことの責任を果たさなくちゃならないんだ。ここは僕自身を囲む壁で、川は僕自身を流れる川で、煙は僕自身を焼く煙なんだ」

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