![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/30311649/rectangle_large_type_2_034b2f43340380f79a6fa3f65b9b631d.jpeg?width=1200)
【ショートショート】標本
私は標本が大好きだ。
はじめは、蝶からだった。あの美しいを羽を見た時、すぐに「保存したい」と思ったことを覚えている。図鑑じゃ満足できなかった。この手に残しておきたい。そう思った。
それから私は蝶の標本を集めた。すぐに、売っているものだけじゃ満足できなくなって、私は自分で標本を作るようになった。
しばらくすると、近くの蝶はみんな採っちゃって、私は少し遠征するようになった。でも、見つかるのはみんな、買ったものも含めてすでに持っているものばかりだった。
私は蝶に飽きてしまった。けれど、標本には飽きなかった。それから、色んな標本を作りはじめた。
カブトムシ、クワガタ、セミなどの無害な虫は大方標本にした。それでも飽き足らず、クモやムカデ、ハチなどの危険な虫もどんどん捕まえて標本にしていった。
部屋は虫だらけになった。私はまだ満足できなかった。そして、次は爬虫類・両生類を狙いにした。ヘビ、カエル、トカゲ、ウーパールーパー......。
私は同じ頃、魚類・甲殻類にも手を出していた。サケ、カニ、タコ、エビ、マグロ......。
私の部屋は標本でいっぱいになった。もう住める状態ではなかったので、私は部屋をもう一つ借りることにした。
引っ越すとすぐに、その部屋に標本がないのが寂しく感じてきて、私はまた標本作りをはじめた。しかし、もう小さな生物では我慢できなかった。私は鳥類と哺乳類に手を出した。
私の部屋にはみるみるうちに剥製が増えていった。シカ、クマはもちろん、タカやワシなどの猛禽類やライオン、ゴリラなど大型哺乳類にいたるまで、部屋にはコレクションが増えていった。
手段は選ばなかった。これまで何度法を犯したか分からない。しかし、そうでもしないと満たされなかった。私は保存したいものをすべて剥製にしていった。
そして、私の二つ目の部屋は、またいっぱいになった。いよいよおさまるかと思われた私の欲求は、むしろ標本を作り上げる度に際限なく肥大化していき、その頃にはもう止まることはできなくなっていた。
もっと、もっと、刺激が欲しい。絶対に手を出してはいけないものを剥製にしたい。
それは禁断の欲望だった。
そして、私は三つ目の部屋を借りた。私はそこに、一番最初の蝶の標本を一つ飾り、そうしてお目当のものを探しに外に出かけた。
(*)
運良く、活きのいい獲物が見つかった。私の胸は、これまでにないほどに高まっていた。今までこれを標本にしたものはどこにもいないだろう。
それはヒクヒクと生々しくうごめいていて、そして美しかった。
手が興奮で震える。丁寧に、丁寧に処理しなければ。
それから、私はいつものように乾燥処理を施そうとして、強くライトを当てた。しばらく放っておいたが、変化があまり見られない。よく見ると、意外と水分が多いみたいだ。私はライトはつけっぱなしのままにしておいて、水分を抜くのを一旦後回しにすることにした。
しかし、獲物は割と大きく、液に浸すわけにもいかない。とはいえ、骨格標本は論外だ。これはできるだけ表面の美しさをそのまま残しておきたい。
ではどう保存しようかと考えていると、獲物が徐々に腐敗していくのが見えた。まずい。少し目を離したすきに。
ルーペを使ってよく見てみると、何やら小さな虫が異様なスピードで繁殖している。美しかった表面が虫たちのせいでくぐもってしまった。
こんな虫どもに美しい獲物を穢されてはかなわない。私は醜い虫たちに激しい怒りを覚えた。
私は決めた。もう作りすぎて飽きてしまったが、時間がないから、仕方がない。ここは剥製で我慢しよう。そのためにはまず、この虫けらどもを排除しなければ。
私はまずよく見えるように、獲物を覆う白い曇りを丁寧に取り除いた。それから、殺虫剤を取り出した。
準備が整うと、殺虫剤を思いっきり獲物にぶちまけた。取り逃がしのないように、満遍なく、隅々まで、念入りに処理した。
すると、しばらくして虫はいなくなった。
一段落付いたところで、まだ安心はできない。虫はすでに巣を作っていて、どこに潜んでいるか分からないのだ。
私は殺虫剤を噴出しながら、より強力な殺虫剤を同時にぶちまけた。すると、どんどん虫たちの巣が溶けていく。あらわになった虫はことごとく生き絶えていた。
ようやく、下処理が終わった。
私は高鳴る胸を何とか抑えながら、いよいよ剥製作りに着手した。
(*)
剥製には思いの外時間がかかった。
表面を少し切った時、その切れ目に虫がたくさんいたのだ。案外しぶといなと苛立ちながら、処理していたら時間がかかってしまった。
面倒だったが、まあ、それだけの価値はあったと思う。
剥製は私の目の前で、青く輝きながらクルクルと回っている。
ああ、これだ。これが欲しかったんだ。
ついに、私は心が満たされた気がした。
そして、最後にプレートを作ることにした。
私は、プレートに剥製の名を、間違えないように、一字一句丁寧に書き入れた。
そこには、「惑星・地球」と書いてあった。
————————————————————
↓こちらのショートショートをご覧いただくと、より面白くなると思います!ぜひご覧ください!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?