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【ショートショート】銀杏

街路樹に、ほうきがかけられている。道には沢山の銀杏の葉が落ちていた。

その木の前には日本料理屋があった。その店の奥さんはどうやら毎日道を覆う銀杏を掃除しているらしい。

じっとほうきを眺めていると奥さんがでてきた。銀杏の実の潰れた異臭に顔をしかめている。

こちらに気づくと恥ずかしそうに微笑んで小さく会釈をし、そして街路樹にかけられたほうきを手にとって掃除を始めた。

その姿はとても繊細で優美だった。

それから毎日同じ時間にその道を通ることにした。

そのうち奥さんもそのことに気づいたらしく、お互い挨拶をするようになった。

おれは次第に奥さんに惹かれた。それは自然なことだったように思う。

ある日のことだった。

おれはいつものように奥さんに会うためにあの道を通った。

奥さんはその日は珍しく、眼鏡をかけていた。

いつものようにつまらない世間話をすませ、じゃあと立ち去ろうとすると、奥さんが「あのう、よかったら眼鏡をかけてくれません?きっと似合うと思うの。」などと言うものだから、おれは待ち合わせがあることなんかすっかり忘れて舞い上がってしまい、嬉々として眼鏡をかけた。

おれは目が悪かった。

眼鏡をかけた瞬間、今までぼやけて見えていた世界がはっきりと立ちあらわれたのだった。

奥さんは不細工だった。

おれはおれの中で何かが弾けたような、崩れたようなやるせない気持ちになって、憎しみみたいなどうしようもないほど切ない情が襲ってきて、そのまま奥さんを店の中に連れ込んだ。

店を出ると奥さんは少しはにかんで、「またいらしてね。」と言った。

奥さんの顔はぼんやりと滲んでいて、儚く美しかった。

おれは「しどけないですよ。では。」とだけ言って、踵を返した。

それから、目に入る限りの銀杏の実を踏み潰して歩いた。

何か痕跡を残しておきたかったのだと思う。

もう二度とここに来ることはないだろう。待ち合わせの時間はとっくに過ぎていた。

おれはそれでも念入りに銀杏の実を踏み潰して歩いた。

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