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【ショートショート】毒の雨

ここ数日の間、原因不明の毒が天から降り注いでいる。それは、どの地域から始まったというわけでもなく、しれっと世界中で同時に発生したのだった。

最初、各国政府は人々の一連の症状を原因不明の病の流行として捉えていたが、どうにも毒性が強すぎるということと、即効性がありすぎるということから、世界中の研究機関が研究を進めた結果、原因はどうやら毒だということが分かった。

さらに、その毒がこの数日間のうち、毎日降り注ぐ雨だと分かった時、すでに世界の人口は半分以下にまでなっていた。

研究なぞしなくても、そんなこと人々はもうすっかり分かっていたのだった。一粒でも雨に打たれた瞬間、一瞬にして人々が息絶えていくのを目の前で見ているのだ。

その発表が出た頃には、もう生きているのは屋内に避難した人だけだった。ニュースでは、政府へのブーイングが鳴り止まない避難所の様子が中継されていた。

しかし、あの発表が出た瞬間ブーイングはピタリと鳴り止んだ。

その発表とは、「亡くなったはずの遺体がすべて内臓を残して消え去っている」というものだった。

画面の向こうの避難所は、一瞬の静寂の後、それまでよりも一層荒ぶりはじめた。大声をあげて政府を罵る人、うずくまりながら絶叫をあげる人、スクリーンを見ながら棒立ちして失禁している人。

平生が失われたことで、人が普段精一杯ひた隠しにしているはずの醜さが、ここぞとばかりに吹き出しているようだった。

考えてみれば、狂うのも当然だった。スクリーンにはモザイクもなしに、人の臓物が映し出されたいたのだ。そんな猟奇的なニュースが平気で流れるほどに、世界は混乱していた。

私は画面に繰り広げられる混沌が、見るに耐えなくて、テレビを消してしまった。

でも、その瞬間、やけに心がぞわぞわしてきて、不安が止まらなくなった。人類はこれからどうなっていくのだろう。いつまで生きていられるのだろう。明日にはもう死ぬかもしれない。

そんなことを考えだすと、いくら自分を安心させようったって、もう堂々巡りになってしまって、その度にどんどん不安が大きくなっていく。分かってはいたけど、孤独がこんなにも怖いものだということを、この時私は初めて知ったのだった。

そして、まだ生きているということ、まだ一人じゃないんだということを確かめようと、私はSNSにすがった。せめて文字でも電波でも何でもいいから、誰かとつながっていないと気が狂いそうだった。

せめてもの希望が欲しい。私はそう願ってSNSを開いた。けれど、そこには私の願う世界はなかっあ。

人々はもう狂っていたんだと思う。タイムラインはあの発表のことで持ちきりだった。中にはあのグロテスクな画像を笑いながら載せている人もいた。私は気持ち悪くて吐きそうだった。

すぐに限界が来て、私はどうしても外の空気が吸いたくなって、少し、ほんの少しだけ窓を開けた。死ぬかもしれないけれど、それならそれでいいとさえ思っていた。この塞がれた部屋で、人々の醜態に晒され続けるよりはよっぽどましだった。

カーテンを開けて、右の窓を3mmほどそっと動かす。冷たい空気が入ってくる気がした。それだけでも、胸がすくようだった。かなうなら、このまま外に飛び出たい思いだった。

私は外を眺めた。決して、下は見なかった。そして、星空だけを見つめた。雨が降っているにも関わらず、夜空には満点の星空が浮かんでいる。

美しいという気持ちとともに、気味悪さが押し寄せてくる。これは一体。その時だった。ほんの一瞬だけど、星がチラチラと明滅した気がした。

私は怖くなってきて、窓を閉め、勢いよくカーテンを閉めた。ベッドに向かおうとしたその時、扉の横にかけられた蝶の標本が目に入った。

突然、満点の星空と蝶の標本とが結びつき、恐ろしいことが閃いた。まさか、そんなはずはないと、私は何度も否定した。でも、どうしてもそのおぞましい事実は頭から離れてくれなかった。

もしかすると、本当の本当にひょっとするとだけれど、この毒は宇宙人の仕業かもしれない。毒で殺したところで、私たちの表面を集めているのだろう。でも、何のために?

標本にするためだ。

私たちが美しい蝶を標本にするように、珍しい動物を剥製にするように、人間を、いや「ヒト」を標本にして保存しようとしているんじゃないだろうか。

宇宙人なんか信じていないし、意図なんてさっぱりわからない。こんなもの馬鹿げた妄想だって分かっているけど、私にはもうそうとしか思えなかった。

その時、尋常ではなくけたたましいサイレンが鳴り響いた。それに続けて、アナウンスが流れた。

「緊急!ただ今、それまでの毒とは違う毒が検出されました!これらの毒は家屋を問答無用に溶かします!ただちに、地下に避難してください!繰り返します!ただ今......」

私はもう怖くなかった。恐らく、人類が滅亡するのに、そう時間はかからないだろう。どこに逃げたって終わりだ。いずれ、「アレ」は地下まで追いかけてくるだろう。もう逃げ場なんてどこにもない。

この数日、私は人間の醜さを腐るほどに見てきた。それでも、私は人間を信じて、救いを求めていた。でも、もう限界だった。人間はどこまで掘っても醜いんだ。ならいっそ、中身なんてない方がいいのかもしれない。

人類は思い上がり過ぎたんだと思う。もう、歴史にならないといけない時が来たんだ。三葉虫のように。マンモスのように。恐竜のように。これが、絶滅ということなんだ。

ボシュッと私の隣に大きなしずくが落ちた。上を見上げると大きな穴が開いていた。私はその下に立ち、大きく両手を広げ、目をつむって祈った。

お願い、私を綺麗に保存して。

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