【ショートショート】花治療

「花治療やってます」

街を歩いていると、変な貼り紙を見つけた。

「花治療」?「鼻治療」の間違いじゃないだろうか。いや、でも、「鼻治療」なんて言葉も別に聞いたことないか。

響き的には鍼治療に近い気がする。すると、この「花治療」ってのは、鍼の代わりに花を使うのか?

少し想像してみて笑ってしまった。台の上にほとんど裸で寝ているおじさんに、花が活けられている。それも色とりどりの。

バラ。チューリップ。カーネーション。アネモネ。パンジー。ガーベラ。

色んな花が背中に刺されて、背中が一面お花畑になっているおじさん。想像するだけで面白い。

いけない。少し興味が出てきてしまった。こうなってしまうと、俺は弱いのだ。気になることはやってみないと気が済まない。

俺は雨風に晒されたのかもうぼろぼろになっている貼り紙を何とか読み取って、その地図に書いてある場所に行ってみることにした。

(*)

着いてみて驚いた。地図に書かれていた場所は、病院でも整骨院でも鍼灸院でもなくて、なんてことない花屋だったのだ。

「はあー。」

思わず大きなため息が出る。悪戯か?まあ、いい。とりあえず、確認してみることにしよう。

店に入ると、店内はすっからかんだった。外にある花が辛うじて残っている商品のようだ。中は本当に店なんだろうかと疑いたくなるくらいに、何もなかった。

「あら、お客さん?」

不意に後ろから声をかけられ、俺は思わずビクッとしてしまった。振り向くと、50代くらいのおばさんが立っていた。しかし、どこから現れたのだろう。まったく気配を感じなかった。

そんな俺の動揺なんて気にも留めず、おばさんは話しかけてきた。

「初めてかしら。ごめんなさいねえ、何もなくて。」

「いえいえ、そんなことないですよ。こちらこそ突然お邪魔してすみません。」

「ううん、とんでもないわ。最近お客さんがめっきり来なくってね。来てくれただけで嬉しいの。今日はどうしてここへ?」

俺は迷った。あの貼り紙のことを言うべきかどうか。悪戯ならかえって混乱させてしまうか?いや、しかし、もし本当だとしたら、そのチャンスを逃すのはもったいない。聞いてみることにしよう。

「あのー、貼り紙を見たんです。」

「貼り紙?」

「ええ、なんかそこに『花治療』?っていうのをやってるって書いてあって、どういうものなのかなって興味があって来ちゃいました。」

「あら、そうなの。」

「もしかしてあれ悪戯ですかね?」

一瞬おばさんの顔が固まったので、俺は先に牽制した。遊び半分のクソガキと思われてはたまらない。俺は、あくまで悪戯かもしれないから一応お伝えに来たんですよ、という風を装った。

「ああ、ごめんなさい。違うの。あれはウチが出した貼り紙よ。」

なんだ。妙な気配りをして損をした。しかし、あれが悪戯じゃないとすれば、朗報だ。「花治療」の謎を解けるのだから。俺は一応、勘違いをした言い訳をして面子を保ちながら、「花治療」にして尋ねることにした。

「ああ、そうだったんですね。てっきり、貼り紙がボロボロだったもので。誰かが面白おかしく作ったのかと思ってしまいました。」

「あら、ボロボロだったの?うっかりしてたわ。だから、最近お客さんが少なかったのね。助かりました。ありがとう。」

「いえいえ。あの、今、貼り紙がボロボロだから最近お客さんが少なかったっておっしゃいましたけど、そのお客さんってもしかして、『花治療』のお客さんですか?」

「ええ、そうです。最近ねえ、花治療ができなくてできなくて、困ってたのよ。」

言いことを聞いた。これはチャンスだ。

「そうだったんですね。実は僕も『花治療』が気になってまして......今から受けられたりしますかね?」

「あら、花治療を受けてくださるの?嬉しい!ぜひとも、お願いしたいわ。」

よしっ。うまくいった。この調子なら、もっと押せるな。

「ほんとですか!うわあ、嬉しいなあ。あ、でも、ごめんなさい。ちょっと僕今お金がなくて......。」

「あら、そんなの気にしないで!貼り紙のことも教えてくれたんですもの。もちろんお代は取らないわ。」

作戦成功だ。我ながら、策士だな。

「ほんとですか!いやー、申し訳ないけど、ここはお言葉に甘えさせていただきます!」

「ふふっ、こちらこそありがとう。じゃあ、こっちにいらして。」

そう言うと、おばさんは俺を通り過ぎ、店の奥の扉を開けた。そこには、大きな花瓶があった。

(*)

「あの、『花治療』ってどういう治療なんですか?」

奥の部屋で見えたあの大きな花瓶の中に入れられながら、俺はおばさんに聞いた。とりあえず、言う通りに動いたが、まだ何の説明もされていなかったのだ。

「あー、言ってなかったわね。花治療はね、デトックスが目的なの。」

「デトックス?」

おばさんは話しながら、液体を花瓶に入れている。

「そう、デトックス。人間ってほら、汚いじゃない?汚いものを全部なくして、綺麗にするの。それが花治療よ。」

液が肩まで浸かった。液は暖かくて、フローラルな香りがする。なるほど。フラワーエキスのお湯に浸かることでデトックスをするのか。確かに、身体によさそうだ。

少し頭がぼんやりとしてきた。心地よい感覚が身体に広がるのを感じる。リラックスの効果もあるのだろうか。

「そうなんですね。確かに、心地いい気がします。リラックスの効果もあるんですかね?」

「それは花治療じゃないわ。この液体の副作用よ。身体がデトックスに集中できるように、脳の働きを制限するの。」

なるほど。確かにどんどん意識がぼんやりとしていく気がする。余計な考えが全部どっかに飛んでいって、心地よさだけが残る。気持ちいい。ずっとここに浸かっていたい。

「うふふっ、気持ちよさそうで何よりね。さあ、汚いものを全て吐き出して、美しく生まれ変わりなさい。」

そこで、俺の意識は途切れた。

(*)

まずい、うたた寝をしてしまったようだ。一体、どれほどの時間が過ぎたのだろう。目の前が真っ暗で、何も見えない。夜なのだろうか?

変な体勢で座り続けたからか、身体が軋む気がする。思わず吹き出しそうになった。折角治療をしているのに、これじゃあ逆効果じゃないか。

にしても、動きづらい。これは失敗なんじゃないか?全然、身体が動かない。

まったく偉い目にあった。治療というから試してみたのに、身体がろくに動かなくなるなんて。これで後遺症でも残ったらたまったもんじゃない。帰ったら、訴えてやろう。小金稼ぎくらいにはなるはずだ。

では、そろそろ帰らないと。明日の仕事もまだ残ってるし、こんなところで油を売っている場合ではない。いい加減、立ち上がらないとな。よいしょっと。

......ん?おかしいな。立てないぞ。もう一回、よいしょっと。あれ?立てない。何でだ。どうなってる。

おかしい。明らかにおかしい。立てないどころじゃない。身体が一切動かない。金縛りにあったみたいに。腕も足も指も舌も鼻の穴さえもピクリともしない。

何だ?何が起きてる?

混乱していると、コツコツとハイヒールの音が近づいてきて、パチッと明かりがついた。その瞬間、頭上から大きな手が伸びて俺をつまみあげてしまった。

あのおばさんだった。どうなってる。おばさんはさっき見た時の軽く100倍は大きかった。

「このババア!何してやがる!早く離しやがれ!」

俺は叫ぼうとした。でも、声が出ない。というか、声の出し方が分からない。何とかして逃げ出そうと奮闘していると、おばさんがようやく口を開いた。

「あら、いいバラね。さっきよりもずっと綺麗になったわ。」

何?バラ?どういうことだ?

すると、おばさんはくるりと向きを変え、洗面所へ向かった。洗面所に着いた時、俺は驚愕した。鏡には満面の笑みでバラを握ったおばさんが立っていたのだ。

その手の中に握られているのは、間違いなく俺だった。信じられない。俺は今、バラになっている。

理解が追いつかないでいると、おばさんはウキウキしながら、独り言を呟きはじめた。

「本当、人間は汚いわ。この子だって、ずっと私のことを馬鹿にして、ほんと生意気なんだから。人間はみんなそう。一人残らず、みんな綺麗にしてあげないと。デトックスして人間を全部出しましょうね〜。人間なんて全部汚いんだから。花よ。花。この世で一番美しいのは花!だから、みーんな花にしなくちゃ!みーんな綺麗にしてあげなくちゃ!私が、綺麗にしてあげるのよ!アハッアハハハハッ」

狂ってる。意味が分からない。何もかも。コイツ人間を花にしやがったのか?どうしてそんなことができる?

いや、そんなことはもうこの際どうでもいい。どっちにしろ、イカれてやがることには間違いないんだ。クソっ、こんなモンスターが普通に身を潜めていたなんて。

女は話を止めず、まだ独り言を続けている。

「あー、でも、この子には感謝しないとだわ。」

どういうことだ?俺が何をしたって?

「最近、全然人来ないって思ってたら、貼り紙がダメだったのね。今度はもっとちゃんと作って、もっともっと貼り出さないとっ。うふふっ、考えるだけで楽しみだわあ。町中の人間を治療したら、お店の棚も埋まるかしら。」

戦慄した。俺はとんでもない間違いを犯してしまったのかもしれない。

このモンスターにみすみすと捕食方法を教えてしまったのだ。それも、自らの虚栄心で。

俺のちっぽけなプライドが、化物を檻から解き放ってしまった。もう、滅亡へのカウントダウンは始まっている。

チョキ。チョキ。

刃物の音。2枚の鋭い金属板が擦れる音がする。

「お礼にこの子は特別綺麗にしてあげる。さーて、どんな風に活けよっかなー。まずは、身体を綺麗にしないとね。あー、いらないところ、まだたっくさん!かわいそうに。今すぐ、切って切って切り落としてあげるからね。」

音がどんどん近くなっていく。鏡の中では、ハサミが異様な勢いで、何回も握られていた。

これは本当に現実なのか?そんなはずない。第一なんだ「花治療」って。そんなものはこの世にないんだ。人が花になるなんて!そんなこと!この世にはないんだ!

「助けて!助けてくれ!痛いのは嫌だ!死にたくない!死にたくないよう!誰か......誰か助けて......」

心の声も虚しく、ハサミは迫ってくる。

荒れ狂った2枚の刃物が、腰のあたりに当てられた時、最後の声が聞こえた。

「あんたまだ意識残ってるね。汚らわしい。さっさと消えな。」

チョキッ。

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