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【ショートショート】効果音が聞こえる
パチッ。ムクリ。スタスタ。ガラッ。パッ。ジャー。バシャバシャ。キュッ。
顔を水で洗い終え、俺は叫んだ。
「一々うるさいんだよ!」
ドンッ!!
ああっ、また鳴った。クソッ、どうすりゃいいんだ。
ちょうど先週の朝のことだ。突然、何をやるにも効果音が鳴るようになった。
目が覚めれば「パチッ」。起き上がれば「ムクリ」。歩けば「スタスタ」。扉を開ければ「ガラッ」。電気をつければ「パッ」。水を流せば「ジャー」。顔を洗えば「バシャバシャ」。水を止めれば「キュッ」。大きな声を出せば「ドンッ!!」。
最初の頃はテンションも上がったものだ。何だか自分が漫画の中にいるみたいで、いつもよりドラマチックな気がした。
でも、それもすぐに飽きて、だんだん腹が立ってくるようになった。とにかく、数が多すぎるのだ。
まだ、起きて洗面所に行って顔洗うことしかしていない。たった三分しか立っていないのにあれだけの効果音が聞こえてくるのだから、たまったもんじゃない。
しかも、これが一日中聞こえてくるのである。俺はもうノイローゼになりそうだった。
ボーッ。
はっ、しまった。時間がないんだった。ボーッとしてた。
時計を見ると、あと十分で出なければならなかった。俺は急いで準備をし、階段を駆け下りた。
ドタバタッ。ガチャッ。ピロンッ。
鍵を閉めたところで忘れ物をしたことに気がつく。
ガチャッ。ドタバタ。バサバサッ。テッテッテッテッテレレレレン。
よかった。今日提出のプリントが見つかった。
ドタバタ。ガチャッ。タッタッタッタッ。
まずい、ちょっと時間が過ぎてる。俺は走って学校に向かった。
信号で止まる。時計を見ると何とか間に合いそうだった。
しゃくだが、効果音のおかげである。「ボーッ」がなければ出るのが遅れていただろうし、「ピロンッ」がなければ忘れ物に気がつかなかっただろうし、「テッテッテッテッテレレレレン」がなければプリントを発見したことに気がつかなかっただろう。
一々うるさいのは確かだが、役に立つこともある。効果音に少しだけ感謝していると、信号が青になった。
ピヨピヨ。ピヨピヨ。
俺は急いで走り出した。
ダッダッダッダッ。コテン。
勢いがよすぎたのか、転んでしまった。
アハハハハハ。イェーイ!
うるさい。笑ってんじゃねえよ。人の失敗を喜びやがって。
前言撤回。やっぱり、効果音はうるさいだけだ。
(*)
ガラッ。バッ。クスッ。ムカッ。
結局、あの後、電車に乗り遅れたり、唐突な腹痛に襲われたりして、俺は遅刻した。学校に着いたときには一時間目の授業がもう始まっていた。
恐る恐る扉を開けようとしたら、「ガラッ」と鳴って、その効果音に引きずられたのか思ったより強い力で開けてしまった。
そのせいでクラス中の目が「バッ」と向けられる。クラスの連中はみんな「クスッ」と笑っていたが、一番前を見ると先生の方から明らかに「ムカッ」という音が聞こえた。
「すみません、ちょっと色々あって」
ペコペコ。
俺はそう言って頭を下げた。
ジロッ。プイッ。
先生は何も言わずにそのまま授業を続ける。まずいなこれは。めっちゃ怒ってるよ。
申し訳なさそうに席に着くと、隣の席の和田がめちゃくちゃ笑いを堪えている。
プッ。クククッ。アハハハ。
クラス中から俺を嘲笑う効果音が聞こえてきて、俺はなんともきまりが悪かった。俺はたまらず顔を伏せた。
カッカッカッカッ。カリカリカリカリ。ペラペラ。ゴシゴシ。フッー。シャッシャッシャッシャッ。
しばらくすると笑い声はおさまったが、今度は他の雑音が聞こえてきた。
チョークの音、シャーペンの音、ページをめくる音、消しゴムの音、ケシカスを吹き飛ばす音、絵を描く音。おい、和田、落書きすんな。
これだから授業に集中できないんだ。
ボーッ。
また、上の空になっていた。危ない危ない。ちゃんと先生の話を聞こうと顔を上げたその時だった。
バッ。デデンッ。
先生がこっちを向いた。そして、俺の方を指差して、「おい、須田、これ答えてみろ」と質問した。
チックタック。チックタック。
まずい、時間がない。でも、何も話を聞いていなかった俺には全くわからなかった。
ブブーッ。
やばい、時間切れだ。
チラッ。
先生の方を見る。
ブチッ。
やばい、切れたなこれ。
「何だ、分からないのか。遅刻しておいて授業も聞かないとはいい度胸だな。」
たらたら。
冷や汗が吹き出てくる。俺は何も答えられなかった。
プッ。クククッ。アハハハ。
またクラスのみんなが笑い始めた。
ああ、クソッ。うるさいな。答えられなかったのがそんなに面白いかよ。
苛立つ俺に構うことなく、笑い声はどんどん増えていく。うるさい!うるさい!!うるさい!!!
「うるさーい!!!」
シーン。ざわざわ。ざわざわ。
一気にクラスが静かになった。やっちまった。
デーデーン。
ああ、うるせえなあ!須田アウトーってか!余計なお世話なんだよこの野郎!
効果音に苛立ちを覚えながら、俺は先生の方を見た。きっとブチギレてるだろう。
チラリ。プンプンッ。
いや、可愛いな。おっさんのくせにプンプンとかJKかよ。
キンコーンカンコーン。ハーッ。ガラッ。
その時、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、先生は「プンプンッ」としたまま、「ハーッ」とため息をついて、「ガラッ」と強く扉を閉めて出て行った。
ホッ。
助かった。俺はあれ以上詰められずに済んだことを安堵した。
ムカムカッ。
同時に、効果音への憎悪が湧き出てきた。こんな能力なきゃ良かったのに。こんなことになったのは、全部効果音のせいだ。
ピンポーン。
クソが。俺は心中、効果音に悪態をつきながら、次の授業の準備をした。
(*)
「いやっ、にしてもお前アレはねえよ」
ヒャッヒャッヒャッ。
和田が大笑いしながら、なじってくる。
「うるせえなあ、しょうがねえだろ。パニックになっちまったんだから。」
「いやっ、にしてもお前っ、アレはっ、マジでっ」
アヒャッヒャッヒャッヒャッ。
和田の笑いは止まらなかった。嫌なやつだ。
パクパクパクパク。
俺は和田を気にせずに、一心不乱に弁当を頬張った。
それからしばらくして、和田も落ち着き、二人でしょうもない話をしている時だった。
ガラッ。キョロキョロ。ピロンッ。とことこ。
後ろの扉が開いて、誰かが入ってきた。他のクラスの女の子だった。しかも、学年で噂になっている美少女だ。
その子は「キョロキョロ」と辺りを見回して、「ピロンッ」と誰かを見つけたようだった。そして、「とことこ」と歩いているのだが、どこかその音がどんどん大きくなっている気がする。すると、女の子はどんどんと俺の方に近づいてきた。まさか。
ドキドキ。バクバク。
いや、そのまさかかもしれない。明らかにその子から聞こえてくる心音だ。そして、その子はとうとう俺の目の前で止まった。
もじもじ。
嘘だろ。これってそういうことだよな。
ドキドキ。バクバク。
もはや、どっちの心音か分からないほどその効果音は大きかった。
ペコッ。
その子はいきなり頭を下げて言った。
「あ、あの、須田くんっ!これ受け取って!急にごめん!じゃ、じゃあ、私戻るねっ」
バタバタ。ガラッ。ペコッ。タッタッタッタッ。
一瞬のことで、何が起きたか分からなかったが、どうやら俺の手には便箋が握られているようだった。俺はそれを丁寧に開け、中の手紙を読んだ。
「須田くんへ 話したいことがあります。今日の放課後、体育館の裏で待ってます。来てくれたら嬉しいな。 清川さやか」
キュンッ。バクバクッ。バクバクッ。
心臓が締め付けられ、信じられないほど高鳴っている。
ポカン。
和田を見ると放心状態だった。そういえば、コイツ清川さんのこと好きだったな。ざまあみろ。あんなに人を馬鹿にするから悪いんだよ。
ドヤッ。
俺は一瞬、得意げになっていたが、効果音でめちゃくちゃドヤ顔をしていたことに気付き、ちょっと恥ずかしくなってきて、すぐに手紙を隠した。
ワクワク。ドキドキ。
それでも、興奮は一切抑え切れなかった。
(*)
いよいよだ。体育館の裏で、あの清川さんが待っている。俺はもういてもたってもいられず、授業が終わるとすぐに走って体育館に向かった。
ダッダッダッダッ。ダッダッダッダッ。ザッ。
着いてしまった。緊張してくる。俺はゆっくりと地面を踏みしめながら、一歩一歩足を進めた。
体育館の角がもう目の前にある。ここを曲がったところに、清川さんはいるんだ。
スーッ。ハーッ。スーッ。ハーッ。
何度も深呼吸をして心を整える。
キッ。ザザッ。
俺は覚悟を決めて一歩を踏み出した。
トクン。ポッ。
清川さんはちゃんとそこにいた。どこか頬を赤らめている気がした。
もじもじ。キュンキュン。
清川さんは「もじもじ」としている。その様子が可愛くて、俺は柄でもなく「キュンキュン」してしまった。
これってそういうことだよな。流石にそういうことだよな。遂に、俺にも春がくるのか。
キュンキュン。キュッ。
そう考えると女の子みたいに「キュンキュン」が止まらず、緊張でお尻の穴が「キュッ」と締まってくる。
スーッ。ハーッ。スーッ。ハーッ。
清川さんが深呼吸をしている。いよいよか。俺は効果音に感謝した。うるさいし、今日も酷いことをたくさんされたが、効果音がなかったら彼女の気持ちになんか気づかないまま、俺は逃げてたかもしれない。
今までうるさいなんて言ってきてごめんな。ありがとう。お前のおかげで幸せになれるよ。
......。
効果音は何も言わなかった。てっきり、「ピンポーン」ってくると思ったのだが。まあ、アイツも照れてるんだろう。可愛いやつめ。
「ヨシッ」
これは効果音じゃなかった。清川さんの声だ。効果音に気を取られていた意識が、その声で一気に清川さんに向いた。
スーッ。
清川さんが大きく息を吸う。
キュッ。
全身が固くなる。特に、尻の穴が「キュッ」と締まる。来るぞ。
「あのっ、須田くん。ずっと前から好きでした。私と付き合ってください!」
ほんとにキタッ!嘘だろっ!こんな美人が俺のことすきだなんて、嘘みたいだ。
もちろん、返事は「Yes」に決まっている。俺はすぐに返事をした。
「僕もずっと好きでした。こんな僕でいいのならよろしくお願いします。」
さあっ!効果音よ今だ!ファンファーレを流すんだ!
俺は今までにないくらい効果音を待ち望んだ。
そして、しばしの静寂の後、遂に効果音が大きく鳴り響いた。
テッテレー!
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