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【4193字】2024.06.20(木)|桜桃忌を肴に、くっちゃべる。(二)

「一」で記した通り、「女性独白体」の作品に絞って、いくつかピックアップしながら、作品への感想・・・、いや、たぶん、その作品に触れて自分が感じたこと、を主とした文章を、書き綴ってみたい。

おそらく、作品の内容が知りたい方にとっては、何の参考にもならないと思う。一つ言えることは、小学校や中学校の頃、長期休暇で「読書感想文」の宿題が出た時、”最初から最後まで自分語り一直線”になるのか、”最初から最後まで内容の要約”になるのか、両極端なタイプだった。ちなみに、何も意識せずに書いたら、前者になった。「これは感想文と言えるのだろうか…。」と思って、意識的に、作品の内容を盛り込もうとしたら、逆に、”自分らしさ0%”になってしまって、「塩梅が難しいなぁ…。」と思い煩った過去がある。

「書く」ことは、物心が付いた頃から好きみたいなのだけど、いかんせん「何を書くか」「どう書くか」に関しては、子どもの頃から大人に至る現在まで、絶賛迷走中なのである。分かったことはただ一つ。前者のスタイル、”自分らしさ100%”の文章を書くのが、ただただ、楽しい。周りがどう思おうが知ったこっちゃない。そういう”自己チュー”な精神は、年を経るごとに身に付いて来た感はある。

さて、本題に移るとしよう。


『燈籠』では、24歳の独身女性「さき子」が主人公です。経済的には貧しい家庭で、親が店を営んでいます。

さき子は、自分が惚れている19歳の学生「水野さん」のために盗みをします。

その盗みは、遊びに行った時に水野さんを恥ずかしがらせないため、という理由からのものです。

そして、さき子は牢屋に入りたくないからと弁解し、泣きながら笑い出し、最終的に精神患者とみなされました。

さき子は親に連れて帰られ、さき子の親の営む店も数日閉店。

周りを近所の人が興味がてらにうろついています。最後、さき子は今までとは違う美しさを見つけ、そこで話が閉じられます。

リンク記事|「あらすじ」引用文

1つ目は『燈籠』を取り上げることにした。

「一」では『女生徒』と『きりぎりす』と『千代女』を取り上げる予定だったが、UPした後、『燈籠』の存在を思い出して、この作品も個人的に思い入れが強いので、「女性独白体」をテーマに据えたのだから、触れないわけにはいかないだろう、と思ったからだ。

内容について事細かに触れるつもりはないので、「あらすじ」が書き記されているブログ記事を引用させてもらった。以降もそのスタイルで行くつもりだ。この作品はWikipedia等は無かったので助かった。ありがとうございます。

この作品を読むたびに、僕は、取調室で、警察官とのやり取り(ああいうのを「尋問」と呼ぶのだろうか?)を行なったことを、思い出す。取調室に入った経験は、後にも先にも、それだけしかない。

話せば長くなるので、バッサリと端折(はしょ)ってしまうが、当時、付き合っていた恋人の家に上がり込んだ僕は、彼女が部屋を出てからも、一人でボーッとしていると、ガチャっとドアが開く音がして、帰って来たのかな、と思ったら、なんと警察官も同行しており、不法侵入罪の疑いで署まで連行する、という事態になったのである。

今こうして振り返ってみると、人間、ああいう時、感情を失うもんだなぁ、と思う。喜怒哀楽、全て、どこかに置いて来たような。「えっ、どういうこと・・・?」という驚嘆さも無い。全てが「無」なのだ。周りの人にとっては、ひどく落ち着いているように見えるかもしれない。だが、本人としては、気が動転する余裕も無い、というのか、なんなのか・・・、上手く言語化出来ないのだけれども、とにかく、身体の反応としては、お腹の奥辺りが、ズキズキと痛む感覚があることぐらいだ。ちなみに、今思い出しても、同じ症状を覚える。おそらく、一生、抱え続けるのであろう。

『燈籠』のキモとなっている部分は、やはり、「あらすじ」にも太字で書かれている「牢屋に入りたくないからと弁解」というシーンだろう。あそこは、何度読んでも、身体のどこかが、キリリと痛む感覚がある。にもかかわらず、作品のことを思い出しては、読み返したくなる。そんな中毒性の強さが魅力の作品なのだ。少なくとも僕にとってはそう。短編物なので、サクッと読み終えられるのも、また良い。

「さき子」の答弁を、淡々と目で追っていくと、おそらく、多くの人が「何言ってんだコイツ・・・」だとか「キチガイじゃねえか・・・」と感じると思う。そこに何の異論もない。事実、そうなのかもしれない、とも思う。ただ、それと同時に、「あぁ分かるなぁ…。」とも感じる自分が居るのだ。

『燈籠』を読むと、不法侵入罪の疑いがかけられた直後から、パトカーに乗って取調室まで移動する道中、そして、嫌疑を晴らすことが出来て、警察署から最寄りの駅へと移動する道中、そして、電車に乗って帰路につくまで、時系列に沿って、鮮明に、思い出すことが出来る。もう、かれこれ、6~7年前ぐらいのことになるのだけど、未だに、記憶が色褪(あ)せることはない。おそらく、それだけ、定期的に思い出しているのだろう。意識的であれ、無意識的であれ。

・・・ちょっと、当時の記憶を引っ張り出してきて、「さき子」に負けないぐらいの熱量で、書いてみよう。


「ローソンの新作スイーツ一緒に食べるつもりだったのになぁ…。」

「不法侵入罪」の疑いがかけられて、彼女の家から、強制的に退出せざるを得ない状況になった僕は、呑気に、別のことを考えていた。手土産代わりに、道中のコンビニに立ち寄ったら、見慣れないスイーツが売ってあったので、二人分、買っておいたのだ。一つは、わらび餅っぽい、薄い青色が印象的なスイーツ。もう一つは、ミニクレープみたいなやつ。どちらも彼女が好きそうだと思った。数年間同棲していたのだから間違いない。自分の身の回りの人の食べ物の好みを記憶することには自信があるのだ。

それだけに、惜しいことをしたなぁ、と思った。僕は彼女が美味しいものを食べる時の表情がとても好きだった。ご飯を美味しそうに食べる人に悪い人は居ない。だからこそ、逆に、僕が味付けに失敗したりして、「あ~、ちょっとしょっぱいねぇ~w」と、苦笑混じりに笑っている様子を見るのが、とにかく辛かった。「美味しいっ♪」と笑顔で言わせてあげられなくて申し訳ない思いに駆られたものだ。

よく、「恋人と別れたら楽しい思い出ばかり浮かんでくる」「都合の悪いことは忘れてしまって相手を美化してしまうのが人間のサガ」などと言われたりするが、あれは嘘だ。僕の場合、むしろ逆だ。もちろん、楽しい思い出も忘れちゃいないが、まず思い出すのは、辛い思い出や悲しい思い出の方である。絶えず、「あの時ああしていれば…。」と、今更どうしようもないことについて、アレコレ考えを巡らせていたりする。”絶えず”なんて書くと、誇張表現が過ぎる、と受け取られるだろうが、僕に言わせれば、誇張なんかではない。彼女だけでなく、別れた恋人全て、哀惜の念に堪えない、そんな気持ちを、日々、募らせている。

「まるでドラマや映画の世界みたいだなぁ…。」

警察官に連行される形で、彼女の部屋を出て、前に停められていたパトカーに乗せられる。何から何まで初めての体験だった。この期に及んでも僕は呑気そうだった。いや、”心ココにあらず”の状態と形容した方が相応しいのだろうが。一つ言えるのは、平静を装うと努力している、のではなく、自分の身に起きた出来事が急展開過ぎて全く事態が飲み込めていない、という感じだった。「警察24時」なんかで見る”容疑者”は、もっと取り乱している印象があったのだが、自分の所作が、何から何まで異なっていたので、なんだか笑えてきそうだった。ただ、さすがに場違いだろうと思ったので、クスクス笑うことはしなかった。それは意識的に止めた形。それだけ余裕があったのだろうか。それとも、現実逃避の一種なのだろうか。よくわからない。

パトカーは警察署に向かって走り出す。乗り始めた頃は、何やら色々確認事項みたいな話をされていたので、ハイハイと返答していたのだが、沈黙の時間がおとずれたので、僕は、おもむろに、助手席に座っていた警察官(パッと見た感じ、一番偉そうな人だった)に、声をかけてみた。

「あの、これって、前科はつくんですか?」
「そらなぁ・・・。当たり前やろう」
「あぁ、そういうもんなんですね。なるほど…。」

僕は語尾に「なるほど」と付ける癖がある。こう言っちゃなんだが、全く「なるほど~」と思っていなくとも「なるほど」と言う時がある。これは言葉で説明するとややこしいのだが、細かなイントネーションや、抑揚の付け方、伸ばし棒の有無等で、「なるほど」を使い分けているフシがある。今回の場合は、”努めて冷静さを失わぬように”というニュアンスが込められた上での「なるほど」だった。本心本音は「えっ?マジで!?マジで言ってんの!?それはアカンやろ!!!」だった。ただ、いきなり取り乱すのは、どう見てもデメリットしか生まないと即座に判断して、「なるほど…。」と、取って付けたような口調で、言い添えたわけである。

”前科がつく”

その事実が判明した途端、僕の中で、何らかのスイッチが作動した。先ほどまでは「コンビニのスイーツ…。」とか「ドラマや映画の世界…。」などと、頭がお花畑の状態であったのだが、ひとたび、自分に負の烙印が押される見込みであると分かると、我にかえったような心持ちになった。多分、立ち居振る舞いに、変化はなかったと思う(日々業務にあたっている警察官の目から見たらどうかは分からないが)。ただ、僕の頭と心は、一変していた。臨戦体勢に入っていた。

「(さぁ、この難局をどう乗り越えるべきか…?)」

取調室につくまでの僅かな時間、僕は、頭をフル回転させて、この後、想定されうる尋問の数々に対して、どう返答すれば、自分の嫌疑を晴らすことが出来るのだろうか、そのことばかり、考えていた。「前科はつくんですか?」という質問をした後、沈黙がおとずれても、全く、居心地の悪さを感じなかったぐらいに。いや、正しく言えば、感じる余裕が無かった、のだけれども。


すいません。本編(取調室編)に入るまでに、時間と文字数が来てしまいました。「三」に続きます。

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