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門を開く者

魔術の才能があるのは100人に1人、その中でも『門を開く』魔術の才能を持つのは1000人に1人だと言われている。西の森の魔術王ザーネリウス、混沌なりしスレアフィーネ、魔王たちの王ヴァルブルム……伝説と呼ばれる魔術師たちも『門を開く』魔術師だった。私にその才能があることが分かったのは私が4歳の時だった。

空間や自然に存在している魔力から魔術を生成するのが通常の魔術体系だ。大気から力を借りて風を起こし、大地から力を借りて傷を癒し、太陽から力を借りて火を起こす。しかし『門を開く』魔術は全く違う。魔界や冥界、天界、並列世界など、ここではない世界に繋がる『門』を開き、そこから力を借りて魔力を発現させる。自然界に存在する限られたソースを使うのではなく、異世界から無尽蔵に力を持ってくることで生み出せる力は通常の魔術の比ではない。混沌なりしスレアフィーネは国をひとつ滅ぼしたし、魔王たちの王ヴァルブルムが『門』から現界させた魔王たちを全て討ち滅ぼすのには100年の歳月を要した。

『門を開く』才能が発覚したその日から、私は魔術を学ぶことになった。4歳からでも魔術を学ぶのには遅すぎるとされる。類稀なる才能を無駄にしないために、私は国と魔術協会の全面的なバックアップのもとに最高の魔術教育が与えられた。しかし私の才能は魔術協会も持て余すレベルだったらしい。8歳であらゆる異界への門を自在に開けるようになった私はありとあらゆる魔術を使いこなせるようになり、いつしか私は、『恐るべき子供』という2つ名で呼ばれるようになった。王立騎士団と魔術協会の精鋭と共に北の魔竜王の討伐を果たしたのは私が10歳の時。死者なし、軽傷者20余名。ほぼ私の魔術による偉業であった。私は10歳にして富も名声も、全てを手に入れたのだ。

そんな私が突然魔法を使えなくなったのは13歳の時だった。思い当たる理由はひとつだけ。私が恋をして、その恋が果たされたからだ。私が処女を捧げた相手は王立騎士団の若い見習い騎士だった。私は普通の少女のように彼を好きになり、彼も私の想いに応え、私たちは愛と共に結ばれた。それはとても自然なことだった。そして私は魔力を失い、ファイアボールひとつ飛ばすことさえ出来なくなったのだ。

魔術というものは体内に存在する複雑な魔力回路によってもたらされる。それは後天的に身につけることも出来なくはないが、多くは生まれ持ったものだ。身体的な負傷や肉体の一部の欠損による肉体構造の変化に伴って魔力回路の流れも変化し、魔力の変質、或いは喪失が起きてしまう事例は多々ある。女性の場合は処女を失うことや妊娠、出産によってそれがもたらされる例も稀にある。どうやら私の場合もそうだったらしい。『恐るべき子供』から一転、私は普通の女の子、それも4歳からここまで魔術の研鑽しかしてこなかった無能な女の子に成り下がってしまった。

私はとても落ち込んだ。しかし同時にどこか安堵してもいた。史上最強クラスの魔術師。私ひとりの動き次第で世界の勢力図は変わってしまう。命を狙う者、何とかして取り込み取り入れようとする者、私の周りは恐怖と欲望による権謀術数が渦巻いていた。魔力を失い、無価値な少女となったことでようやく、私はその無間地獄から解放されたのだ。

私は国を去った。こんな時のために『恐るべき子供』はいくつかの魔術アイテムを用意していた。魔術による検索を避ける護符、足跡を追跡させない靴、万が一の時に身体を覆い隠せるマント。私はアイテムたちの力も借りて、遠く離れた港町へとたどり着き、そこに居を構えることとなった。剣を捨て、鎧を脱いだ若き見習い騎士、愛する人と共に。

この世界の歴史における4大魔術師と言えば、西の森の魔術王ザーネリウス、混沌なりしスレアフィーネ、魔王たちの王ヴァルブルム、そして恐るべき子供アイリスだと相場が決まっている。これは小学校の歴史の授業でも習うようなことだ。西の森の魔術王ザーネリウスは永遠の生命を得て未だ西の森のどこかで生きているとされ、混沌なりしスレアフィーネは勇者シグムンドの魔剣ザイアスに討たれて亡くなり、魔王たちの王ヴァルブルムは黒海の孤島に封じられ、恐るべき子供アイリスは突然王国を出奔した後に行方知れずだとされている。

港町フクルネには、かの恐るべき子供と同じアイリスという名を持つ女性がいる。街の中央広場にほど近い場所でパン屋を営む夫を手伝いながら5人の子どもを育てる肝っ玉母さん。快活な彼女は街の船乗りたちからも慕われている……と思う。私は今、愛する夫と子供たちに囲まれ申し分なく幸福である。今でも時々、あの魔竜王を討伐した時の冒険を夢に見ることはあるけれど、あの時に戻りたいとは思わない。私はもう、新しい人生の門を開いた先にいるのだ。

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