見出し画像

空吠家の話

初対面の人にはほぼ間違いなく、珍しい苗字ですねと言われる。僕の苗字は空に吠えると書いて『空吠(うつぼえ)』という。『靱江』と書くうつぼえさんは東京千葉にそれなりにいるようだが(それでもかなり珍しい苗字である)、『空吠』と当てるのはうち以外に聞いたことがない。空吠という苗字には由緒正しい謂れがある。

時は鎌倉時代にまで遡る。僕の故郷は源氏に縁のある領主が治めていた。時は侍の時代。領主は狩りが趣味で、しばしば狩りに出掛けていた。ある時領主はまだ幼い息子を伴って狩りに出た。ひとしきり狩りを楽しみ休んでいた所、近くの茂みから突然イノシシが飛び出し、幼い息子に向かって行った。咄嗟のことにお供の侍たちも動けない。危ない!その時飛び出したのが、狩りに伴っていた猟犬の『くろ』だった。くろは勇敢にもイノシシの前に躍り出ると、ワンワンと大きな声で吠え掛けてイノシシを追い払ったのだ。

領主はいたく感激し、くろを配下の侍として登用した。その際に付けられたのが、イノシシを吠えて追い払った功にちなんだ、『空吠』という苗字であった。空吠黒衛門と名を改めたくろはそれまで以上に忠実に領主に仕え、人間の妻を娶って子を成した。それが僕の一族の、空吠家のルーツなのである。

先祖が犬だなんて荒唐無稽な話があるはずもないと僕だって思う。しかしこれはきちんと歴史書にも残っている逸話であり、僕は自分の家や先祖のことを誇りに思っている。我が家の家紋は十文字が二つ、『米』の字のように重なったもので、これはまあその、何と言うかいわゆるポムポムプリン的なアレを模したもので、これに関してはちょっとだけ恥ずかしく思っている。

この記事が参加している募集

#名前の由来

7,884件

よろしければサポートいただけると、とてもとても励みになります。よろしくお願いします。