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竜の眠る洞窟で

村を離れた僕は、竜が眠る洞窟に逃げ込んだ。村の皆は誰も近寄らない洞窟。ここなら追っ手も来ないだろう。入り口に張られたロープをくぐって入った洞窟の奥で、僕は伝説のまま静かに眠る竜を見つけた。

それは小山のように大きな竜だった。背中には何本も鍾乳石が重なり合って生え、元々の鱗がどんな色だったのかを推し量るのも難しかった。一体どれくらいこうして眠っているのだろう?しかしそれは確かにまだ生きていて、風穴を抜ける風のような寝息がゆっくり静かに洞窟に響いていた。伝説によればこの竜は、かつて勇者との戦いに敗れ、傷ついたその身を癒すために1000年の眠りについたのだと言う。よくよく見てみると横たわった右眼は、伝説の通りに切り傷で潰れて塞がっていた。

僕はゆっくりと竜に近づくと、竜の腹にもたれて身を横たえた。僕が村を追われたのは、僕の中に眠っていた悪魔の血が目覚めたからだった。頭からは角が生え、牙が伸び、肌はぬめぬめと光る黒に変わり、食事も摂らなくてよくなった頃には、村の皆から悪魔だと疎まれ、迫害を受けるようになった。その気になれば悪魔の力で村を滅ぼすことだって容易だった。しかしそこは僕の愛する故郷で、村人たちだって元々は気のおけない隣人たちだった。僕は逃げるように村を出たのだった。

ひとりぼっちになった僕を、静かに眠る竜は何も言わず眠ったまま、ただそこにいて受け入れてくれた。冷たい岩肌のようになった竜のお腹。僕が勝手に寄り添っただけだけれど、ただそこにいる大きな生命、僕にとってはその存在がとても有難かった。こんなふうに安らかな気持ちで誰かにもたれかかるのはいつ以来だったろうか。僕はここで竜と共に眠りにつくことに決めた。食事を摂らなくてもいい異形の肉体になったことは僥倖だった。ずっとこのまま、竜の懐に収まったまま眠ろう。眠り続けよう。そうすれば誰も傷つけなくていい。みんなが僕のことをすっかり忘れてしまうくらい、僕のことを覚えている人たちがみんな死んでしまうくらいずっと眠り続けていれば、もしかしたらまた村に戻れる日も来るかもしれない。それでいい。僕はそっと目を閉じた。

そこはかつて勇者に敗れ傷ついた伝説の竜が眠るとされる洞窟だった。いつからか竜と共に恐ろしい悪魔が眠っているのだと伝えられている。禍々しく立ち込める毒の霧に覆われるようになった洞窟に近づくものは誰もいない。もしも洞窟の奥で眠る竜と悪魔が安らかにもたれ合って眠っていたなら……そう思って書いたのが冒頭の文章であるが、真相は神のみぞ知る、である。

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