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告白の果てに

私は以前ファーストフード店で店長をやっていた。しかし店のバイトの女子大生を好きになって告白をして、それがセクハラだと訴えられ、すったもんだの末に示談にはなったものの仕事を失い、今は心的なショックで働けなくなって休職、療養中である。

週に一度のカウンセラーさんとの面談の時、いつも通りのやり取りの最後に珍しい話をもらった。実は私と同じような事例で家庭教師先の高校生に告白をして訴えられた女性がいて、私と会ってみたいと連絡があったのだと言う。同じ悩みを持つ者同士、もしかしたら会って話をすることによって立ち直るきっかけになるかもしれない。カウンセラーさんの勧めもあって、私はその女性と会ってみることにした。

その日はとても晴れた日だった。私たちは都内のカフェで待ち合わせることになった。少し早めについてアイスコーヒーを飲んでいる私の所に現れたのは、黒髪の似合う、とても綺麗な女性だった。短い挨拶を交わして向かいの席に座る彼女。歳は30半ばくらいだろうか。私だったらこんな家庭教師に告白されたら二つ返事で受けたのになと思ったりした。彼女はメニューをパラパラとめくると、凛と通る声で店員さんを呼んでカプチーノを注文した。

会ってみるとは言ったものの、正直何を話せばいいのかよく分からなかった。当たり障りのない天気の話題や、どこから来たんですかとかお店はすぐに分かりましたかとか、最初はそんな話をしたのだと思う。しかし徐々に、どちらからともなく事件について話し始めた。悪気なくただ好きで告白をしたこと、それがセクハラだと断じられたことがとてもショックだったこと。彼女と向かい合うまで自分でも気づかなかったが、我々は好きな相手にフラれた同士だった。その後の状況が特殊過ぎたせいで、私たちは失恋したというショックとさえ向き合えていなかったのだ。同じ境遇の人と向き合うことで、私は初めて自分が好きな人に想いを伝え、そしてその想いが実らなかったという現実を受け入れることが出来た。それは彼女も同じだったようだ。「そりゃ世間一般的には常識から外れた歳の差かもしれないけど、好きになっちゃったもんはしょうがないですよね!?腹立つなぁもう……!」彼女が口にしてくれた言葉は、事件があってから私がずっと言いたかったけれどずっと言えずにいた言葉だった。私は彼女に会って救われたのだ。

もしこれが小説や映画だったなら、私と彼女は互いに惹かれ合い、そこにきっとロマンスが生まれたことだろう。しかし私たちは互いに失恋の思いの丈を話し合い語り合い、すっきりして別れた。それっきり彼女とは一度も会っていないが、年賀状のやり取りだけは毎年ずっと続いている。私は営業の仕事に再就職し、職場で知り合った4つ歳上の女性と結婚した。彼女もOA機器の会社の事務職に就職して、地元の同級生と結婚したらしい。私たちは好きな相手からの愛を得られずにとても苦しんだが、今は幸せだ。でもこの幸せがあるのはあの時同じ境遇の彼女と会って話が出来たからだと思っている。私たちは人を好きになるという罪を犯した。人を好きになった、ただそれだけのことを罪だと言い渡された。だからこそ愛される権利がある。毎年彼女から届くシンプルな年賀状を見るたび、お互いきっと幸せになろうという決意を新たにするのであった。

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