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世界最悪の旅【事実は小説よりも奇なり】

ノンフィクションの醍醐味とは、圧倒的なリアル感だ。
小説は作家が人工的に創ったものだからきれいに収まるが、現実はそうはいかない。
著者や当事者にさえ、あまりに予想外な展開が待ち受ける。
ある意味で人智を超えたおもしろさを感じる。

冒険歌手 珍・世界最悪の旅 著者:峠恵子』がまさにそういうノンフィクションだ。
簡単にあらすじを紹介しておこう。
まず著者の冒険の動機が尋常ではない。
峠恵子氏はシンガーソングライターで周囲の人たちにも恵まれ、楽しく幸せな人生を送っていた。
そんな彼女の最大のコンプレックスは「自分は苦労を知らない」ということ。
このままでは将来たいへんなことになるのでは・・・という不安にさいなまれた結果、自ら苦難に飛び込むことを決意した。
フラッと立ち寄った書店で手に取った山岳雑誌に「日本ニューギニア探検隊募集」とあるのを発見。
アウトドアとは無縁だったが、「これで人生変わるかも!」と応募してしまう。
しかし、この探検計画が驚愕である。

「ヨットで太平洋を渡り、ニューギニア島を目指し、それからゴムボートでニューギニア島の大河・マンベラモを遡上、オセアニア最高峰カルステンツ・ピラミッド(4884m)北壁の新ルートを世界で初めてロッククライミングで開拓する。」

計画したのは藤原一孝氏(隊長)。かつては山岳会で数々の初登攀を成し遂げ、新宿の住友三角ビルを命綱なしでよじ登り世間を騒がせ、その後、海に転じて日本にウインドサーフィンを普及させたカリスマ的人物だ。
ほかに隊員は二人。元自衛隊員と現役早稲田大学生(ユースケ)だ。
とにかくこの探検隊はすごい。並外れた冒険なのに、実に杜撰である。
ヨットの燃料系が壊れていたり、目標の山をコロコロ変えてみたり・・・。
そもそもこんな冒険に素人女性を連れて行くことが間違っているが、彼女は根性だけで一週間かけ、標高4000mの岩壁を登っていしまう。

また、この冒険では現地の村や種族とのエピソードも多い。
圧巻はウェンブ村だ。10戸ほどの小さな集落なのだが、20~30年前まで人食いの習慣があったのだ。
「人間のどこがおいしかったんですか」と聞くと「くちびる」との答え。
ちなみに、男と女では、女のほうがおいしいとの弁。

さらに冒険はあらぬ方向に舵を切り、「幻の犬」を探すことになる。
気がつけば、数回の密出入国違法行為、数十回の詐欺事件、人間不信、精神安定剤多量服用を抱え、実に200万円のお金を幻の犬探しにつぎ込んでいたのだった。

最終的に彼女は日本のお父さんに「お前は、人ができないことをもう充分やったんだよ。帰っておいで。」と言われて帰国を決意する。
こうして、1年1ヶ月に及ぶ抱腹絶倒の大冒険は幕を閉じる。

本書は幻の名著『ニューギニア水平垂直航海記』の復刊版だ。
「探検のその後」を追加。
峠恵子氏の波乱万丈な大冒険(人生)はまだまだ続いている。
また、探検家・角幡唯介との対談も収録されている。
冒険に参加した現役早稲田大学生(ユースケ)とは角幡唯介だったのだ。
今では大作家として活躍している。
第8回開高健ノンフィクション賞、第42回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
この本もオススメだ。

探検後の峠恵子氏は信じられないくらいモテまくったそうだ。
女性の本当の価値について彼女はこう語る。
「生身の体に次々と何かを足していくことではなく、必要最低限の中で生き抜く生命力とその輝きにあると思う。あの秘境で必死に働く女性たちの笑顔の美しかったこと。いざというときに倒れる男たちを看病する自分が誇らしかったこと。私はある意味で本当の「女」になったのかもしれない。」

彼女の人生を変えたのは一冊の本だった。
もし、あの時、本屋で立ち読みしなかったら・・・。
チャンスは日々の生活の手に届くところにあるのだ。

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