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Smart-IP社 創業記 その10 ~β版のプロダクト開発~

Smart-IP社は創業から数々の課題に取り組んできたが、中でも、β版のプロダクト開発は特に重要な節目だった。今回はα版の開発に続き、β版開発の進行過程を紹介する。


開発プロセスの定義、デザインの重要性

Smart-IP社におけるβ版以降のプロダクト開発プロセスは、大きくステップに分け、以下の通り進めている。
Step1:企画
Step2:デザイン
Step3:開発
それぞれについて簡単に説明すると、まずは「Step1:企画」だ。今回で言えばβ版の”企画”ということになるが、β版を開発する目的、想定ユーザーのペルソナ設定、そのペルソナが今は何を課題に感じどう解決したいのか、そのためのUIは?、要件定義は?ということを決定するフェーズである。また、ビジネスモデルとしても、β版はどの程度のニーズにこたえるのかを定義した。
次に「Step2:デザイン」。
α版での反省点は、デザインを開発者が開発者観点で行っており、ユーザー視点のデザインになっていないところがあった。その分開発のスピードを高めることができたため、α版の位置づけとしては正しいスタイルであったが、β版は「デザイン」を確定させてから開発を行うという流れを取った。
企画で固めた方針と、UIに関する要件定義に基づき、ユーザーにとって使いやすいデザインイメージを作成する。WEB開発では一般的なFigmaというツールを用いて、実際の画面イメージと同じイラストを作成する。この時にボタンやアイコン、色のルールなどを決定し、以後変更や追加はデザイナーとPdMの許可が必要という運用にした。これにより、デザインが統一感を持ち、気づいたら「ボタンが一杯のサービス」に陥らないようにすることができる。
最後に「Step3:開発」。すでに用意された「デザイン」と、リスト化されている「開発予定の機能」の一覧をもとに、各機能の開発工数と優先順位を決定し、後述のSprint会議を中心に開発を行う。いざ開発が始まると想定より開発工数が増えることもあるが、そのような場合はSprint会議にて優先順位の変更や、要件のそぎ落としを行う。足りないデザインがあっても、デザイナーが対応してくれることから全体感を壊すことなく追加のデザインを用意することができる。

デザイナーを開発工程でアサインできたのは特に大きかった。できるだけ情報量は少なく、Smart-IP社のプロダクトは「スマートでなければならない」というMVVに従いたいと頭ではわかっているものの、どうしても僕自身機能を追加したくなり、気が付いたらボタンを増やす方向に進んでしまうことがある。そんな時にデザイナーから「これ本当にいります?」とか、「逆にわかりづらくないですか?」などのツッコミが入ることで、本当に必要な機能なのか、情報なのかを都度立ち止まって考えることができる。後述するが、これが本当にありがたかった。


初代CTOの退任、2代目CTOの就任

β版の開発が始まる直前に、CTO(便宜上、以下「初代CTO」という)が退任した。初代CTOはSmart-IP社の技術の中核をなし、α版の開発を指揮していた。彼の退任で、技術チームはリーダー不在に。
しかし、この状況が新たな体制を築くチャンスとなった。新しいCTO(便宜上「2代目CTO」という」を迎え、彼の指導の下でβ版の開発が本格化した。
2代目CTOは若いながらも経験豊富で、プログラミングからフロントエンド、バックエンド、インフラまで幅広くこなせる人物だ。彼のリーダーシップのもと、外部の開発業者も加わり、数多くの困難を乗り越え、高額なコストをかけながら、優秀なエンジニアたちと共に開発を進めた。


開発の焦点:インフラとバックエンド

β版開発で最も重視したのは、インフラ環境とバックエンドの設計だ。ユーザーが目にするフロントエンド(WEBデザインや操作性)だけではなく、システム全体の評価は、バックエンドの設計に大きく依存する。特許明細書は様々な要素から成り立つため、細かいデータの管理が必要だった。特許請求の範囲一つとっても、例えば、当初の特許請求の範囲と、補正後の特許請求の範囲は別のカラムとしてデータ管理する必要があり、さらに補正も複数回発生する。これらはデザイン上大した変化ではないようにも思えるが、バックエンド側ではそれらを前提としたデータ設計を適切に行う必要がある。システムの根幹を担う部分は全てバックエンドで処理されるため、事前にしっかり設計しなければ、後からの修正が難しくなる。そのため、初期段階からバックエンドに多くのリソースを投入した。


α版の反省、β版の挑戦

α版では迅速なプロトタイプ作成が優先され、一部重要な要素が後回しになったが、β版では改善し、より堅牢でスケーラブルなシステムを目指した。その後の本格版の開発においては、バックエンドの開発で苦労することが激減し、大半はインフラの設計だけで開発が進められているのも、β版の段階でのバックエンドの設計をきっちり行ったことが大きい。バックエンドの設計ではスケーラビリティやセキュリティを考慮したアーキテクチャを採用し、データベースやAPIの設計も慎重に行った。このあたりの開発はやはりエンジニアリング経験が豊富な2代目CTOと、優秀な開発業者の連携があったからこそできたと思っている。


リリース前の葛藤

β版の開発はCOOの佐竹がPdMを担当していたが、開発が進む中、佐竹は多くの選択を迫られた。プロダクトに組み込みたい機能は多かったが、バックエンドの開発に想定以上のリソースと時間を取られ、機能の取捨選択が必要だった。ユーザーに提供するプロダクトのクオリティを担保しつつ、開発スケジュールを守るために、ユーザーからのフィードバックを元に優先順位を決定し、β版の機能を絞り込んだ。
その結果、なんとかβ版はクローズドでリリースされたが、β版のテストに参加したユーザーからの評価は芳しくなかった。「未来を感じる」という意見を頂きつつも、「現時点のクオリティではまだ実用に耐えない」との意見も多く頂戴した。

僕としては、自社の名前で初めて世の中に出す製品でもあり、ネガティブな意見が多かったのはプレッシャーにもなった。よくゲームメーカーなどがリリース時期を遅らせることがあるが、自社製品として出す以上、最高のプロダクトに仕上がらなければ出したくないという気持ちが痛いほど分かった。
たしかにゲームなどは初期のクオリティが大切だし、一度出してしまったらアップデートしない限り作品単体として完成していなければならない。しかしappia-engineは、特許明細書作成をアシストする業務用ツールであり、自らが考える最高のクオリティを勝手に定義してリリースを遅らせても、ユーザーの求めるクオリティがまた別のところにある可能性も十分にある。
そのため、この段階でのリリースはユーザーからの貴重なフィードバックを得るために重要な一歩でもあり、実際、建設的な議論を多くもらうことにもつながった。


未来への展望と挑戦

β版のリリースを経て、Smart-IP社は正式版の開発に向けて動き出した。正式版には「ver.ナポリ」というコードネームが付けられた。
PdMの役割は佐竹から僕に引き継がれ、新体制で開発を進めることになった。僕はβ版で得られたフィードバックを活かし、プロダクトのクオリティ向上のためにコンセプトを決めた。これまでいろいろな開発イシューがあったが、まずは「明細書作成に関わる機能に特化」することにした。
どうしても追加機能を検討していると、あれもこれもと「足す」ことばかり考えてしまうが、その発想を捨て「何を残すか」という観点で機能を見直した。その結果、正式版の開発では、あくまでも明細書作成に必要な機能に絞りつつ、利用者がストレスなく作成作業を進めることができるUIへの改良にフォーカスして開発することにした。
また、UXの向上という観点からプロのWEBデザイナーを1名加えた。どうしても実務に片足突っ込む身としては、あれもこれもと機能を追加する方に傾きがちなので、そのあたりを留めてくれるストッパーの役割をしてくれている。

正式版の開発は、PdMの僕、テックリード1名、デザイナー1名の3名を筆頭にsprint会議という週1回の定例会議を開催し、開発進捗の確認と、デザイン上の議論などを行うようにし、事業目線、開発目線、デザイン目線でのコンセンサスの解像度を高い状態で維持できる体制にした。このような体制への移行もスピード重視のα版や、バックエンドの開発を重視したβ版があればこそであったと思う。
その意味で、特にβ版の開発はSmart-IP社にとって重要なマイルストーンだった。CTOの退任から始まり、新たな体制での開発が進む中で、多くの課題に直面した。Smart-IP社を立ち上げた際、最初に出資判断をしてくれたのはプロサッカー選手の本田圭佑さんだったのだが、出資プレゼンをした際に本田さんに言われた「湯浅さんは開発で苦労するかも」という言葉を思い出した。その時はぴんと来ていなかったが、Smart-IPの一番の課題はと聞かれれば、資金でもマーケティングでもなく、少なくともβ版開発においては「エンジニアリング」が唯一の課題だった。本田さんも自身の会社でいくつかのプロダクト開発を経験されているので、そこから来た言葉だったんだろうと後で思い返した。

現在のテックリードを中心とした開発体制はかなりスムーズだ。まず本人が優れたプログラマーであることからコーディングのセンス、スピード、バイタリティーが申し分ない。
また、開発への資金投下を増やしたことで、内部に複数名のエンジニアを抱えることができたのも大きい。sprint会議の結論をテックリードがスムーズに開発チームに落とし込み、開発イシューがどんどん解決されていく体験はとても安心感がある。

紆余曲折を経て、これまでの反省が正式版開発に活かされるようになってきた。特に、既存ユーザーからの生成AI機能搭載への期待は大きく、今後のappia-engineの進化には業界全体の変革の可能性を提示する意味で大きな責任が伴う。これからも、多くのユーザーに驚きと感動を届けることを目指し、Smart-IP社の開発チームは挑戦を続けていく。

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