アセロラとグレープフルーツは恋の味#29


時折、揺れる車内。心も揺れていた。

私は大人しく座っている。
助手はしてないけれど、助手席に。

ソウマくんの脳内のマップを頼りに
風の通り道を駆け抜ける。

助手席って元々はエンジンをかけてあげたり
する人をそう呼ぶようになった人のための席
だった気がする。免許とかそういう概念その頃
あったのかな?
なんてどうでもいいようなことが浮かぶ。

「たまにはさ、気晴らしでもいかない?」

そんな、ステージに立つ以外で外に出ることが
ないようなイメージのソウマくんからの誘い。
何処に行くのかも、何をするのかも、聞いてない。
本当に何処に向かうのか、皆目検討がつかない。

あえて、聞かない。

何かをまた聞いたら、またいなくなっちゃうような気がして。
でも何も聞かずにいても、いなくなっちゃうような気もして。
あえて聞かないなんて強がりでしかない。
怖くて聞けないんだ。

あんなに見たかったソウマ君の横顔。
ライブの前よりも緊張している。

「ルイ、眠くない?どうかなー、
この混み具合だと予想より時間かかりそうだから、眠くなったら寝ちゃっていいからね。」

「あ、はい。いや、寝ません!運転してもらってて、私だけ寝てるなんて。」

「いや、眠かったらだよ?無理して寝ることなんてしなくていいしさ。」

どうしてだろう。
この人は本当に自然と優しい声で
優しい言葉を紡ぐ。台本なんてない。でも
ひとつ、ひとつ、確かに択ばれていて、
優しく心を満たしてくれる。

「ソウマ君、強がったかもしれません。なんだか眠くなってきました。」

「心が穏やかになったんだろうね。緊張してた?」

「はい。してたんだと思います。」

「僕もだよ。」

「ソウマ君も?どうして?」

「おうむ返し、してもいいかな?」

「なんだかいつもずるいです。ソウマ君は。
自分は絶対負けない状況でしか、勝負しないんだもん。」

「よくわかってるね。負けたら悔しいからさ。これを勝負と呼ぶのかはさておいて、確かにそうだね。ずるいやつだ。」

「自分のこと他人みたいに紹介しないでください。もうこれじゃ、いたちごっこですよ。」

「眠いんじゃなかったの?」

「話うまく逸せてると思ってます?」

「ルイだけには勝てないなぁ。」

「私も負けず嫌いなんです。でもソウマ君だけには勝てないです。」

なんてことを言いながら私は眠ってしまっていた。

波の音。それに眩しい。
懐かしい薫りがする。夢の中?

「起きた?」
さっきまで聞いてたけど、懐かしく感じる声。
戻ってきてからこれと言った
会話らしい会話がなかったせいかな。
そしていつもの葉巻を吸っていた。窓のほうに
煙は向かっていく。

「はい。完全に寝てたみたいですね。」
「僕の勝ちかな?」
「いつまで勝ち負けの話してるんですか。」
「そこで寝ちゃったからさ。」
「それにこれを負けと呼ぶなら、運転する人が寝たら
勝ち負けどころか、引き分けにすらなりませんよ。」
「たしかに罪が重すぎる。」
「口では勝ったみた、あ!!すごい!見てください!海!!」
「うん、ずっと見てたよ。」
「でしょうけど、のってくださいよー!分かってないなぁ。」
「ここに停めたの僕だし、ずっと乗ってたよ。」
「もう!分かってない!」
突然、彼は降りてうーんと体を伸ばしていた。
こういうところは優しい。ずっと運転して、本当に乗ってて
くれたんだなぁ。後ろ姿がそう語ってる。
優しいというか、バカというか。
「いこうか?」「どこへ?」「そこ!」「どこ?」
「食事くらいしようよ、お腹さすがに空いたろ?」
ただのドライブはつまらない。
チェックポイントがなくちゃさ。
と子供みたいに笑っていた。
たしかにお腹は空いていた。やっぱり負ける。
連れ立って歩くこともいつからか無くなっていた。
ここは日本じゃないんだなと、改めて感じた。
どうでもいい、なんてことない日常。
私が欲しがってた日。
お金は幾らかはかかるけど、お金じゃ買えない。
お金じゃ買えないものがずっと欲しかった。
お金で買えるものはたかが知れている。
でもすぐにお金と交換するもので驚かされた。

「あれ?ここ日本?ですか?」
「ここ?アメリカだけど?」「ですよね?」
「海を越えられる車ではないよ?」「そうですよね。」
「でも料理がどう見ても。初めて来ました。こんな場所。」

いつものをふたつと彼が頼んだ料理。

豚カツ。鮮やかなキャベツ。
もうそれしか目に入らないほど。こっちに来てから
日本食は口にしていなかった。
日本食を再現しようとすれば、するほどに
どこか味はアメリカめいていた。

これは中は豆腐と挽き肉。
オレンジキャベツとレタス。
この小鉢はジャコを炒ったもので、これは見た目のまんまで
ミニトマト。
ドリンクはアセロラとグレープフルーツのミックス。
とひとつひとつ説明していくソウマくんが懐かしかった。
いつも料理に注釈をつけて、ワインにも、解説をする彼は
どこか誇らしげで楽しそうだった。
それが好きで私はいつも料理を見るのも食事をするのも
楽しみのひとつになっていた。
時折、聴こえる波の音も風鈴の音も優しくそれを
包み込んでいた。

あれー?いつものまだ来てないのあるよー?
と普通に日本語で話していて、また笑った。

やっぱりここ日本じゃないですかー。
なんて言ったけど、そんなことは本当はどうでもよくて。

あなたがいてくれたらそれでいい。それがいい。
これが何より。これ以上なんて求めない。
私が待っていた、ずっとずっと待っていた明日。
自分で見つけなきゃ、自分で作らなきゃと思っていたけど
ここまでの人生の多くを海外で過ごしてしまった私には
難しかったのかもしれない。幼すぎたかも。
こうやって仲の知れた人と囲む食事。
過去にはほぼなかった。ただこれだけだったんだ。

リキュールみたいに演じられた甘さも嫌じゃない。
でもこの時はフルーツが織り成す飾られていない甘さが
心地よかった。どこか今の私達みたいな感じがして。

アルコールなんてはいってないのに
紅潮していた彼の頬。
私もそうだったかもしれない。

自分の気持ちが改めて深いことに気づいた。
こんな日を探していて、ずっと未知に迷っていた。
子供のくせに、幼い頃みたいにずっと泣けなかった。

初めまして。
甘酸っぱいって言うのかな。
このドリンクの味も、私たちの恋も。




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