瞬間性歯医者。

「でも今は、センシティブの向こう側に行きたい気分なんだ」太郎は向こう側にある太陽を見て言った。
「うんそっか。……ところでお前だれ?」瀬戸は瞼の無い瞳をカッと開いて、というよりは力をがんがんと入れていた。
「はいじゃあ胃カメラいれまーす」
「ここはどこですか」
 いつの間にかベットに縛り付けられている太郎は、自分を見下ろしている白いマスクをした長身に尋ねた。瀬戸なんていう人間は、その空間には居なかった。長身なら居たが、それは少なくとも瀬戸は居なかった。
「残念だな」
 太郎の目に映る長身の後ろの、この空間の天井であろう壁には人型の影のようなものがアーチを作っていた。その人型はそれぞれ色が異なり、七色になるようになっていたので虹に見えた。
「虹が、お前の後ろで牙を研いでいるぞ」
「虹は殺せない」
 長身は眼力だけはしっかりとしていた。すると長身は、マスクのせいで見えずらくなっている表情を変えることなく言った。
「はい。ここは歯医者です。胃カメラします」
 マスクのせいで聞こえずらい声は低く、最中構造のように芯が無い声だった。
 太郎はその弱弱しい声が恐ろしかった。気づいた時にはすでに、「やめてください!」とできる限りの大声を出しながら、自分の自由を奪っている拘束ベッドのゴム製拘束具を振りほどこうと体を左右に揺らしていた。
「やめてください! やめてください! やめてくださいいい!」
 それでも拘束具は外れず、また長身が胃カメラの準備の手を止めることもなかった。太郎は底の無い絶望の穴を落下しているような気分だった。このまま嫌でしょうがない胃カメラを、こんなブサイクな長身男にされるのかと考えると、体の芯から凍るほどの恐怖が駆け巡った。

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