最高の医療チーム。

 おれは前から甚だ疑問だったんだ。どうして入院中の奴らは皆、枝のような萎れて細っこい、不気味な手足で四足歩行をして、清潔な廊下を這いずり回っているのか……。どうして太陽の見えるガラス張りの天井を見上げると、白いはずの太陽が黄緑色をしているのか……。
 自分にとっての一番の色を取り入れた看護師衣服を着ている看護師たちは、おれたち患者には何もしない。おれたちは薬を飲む時にだけ行儀を良くして、まるで四足歩行のペットがエサをねだるように看護師の両足に縋りついている……。
 おれは新しいベッドのシーツを探している。まるで探検家の気分だったが、本物の探検家が実際に探検に向かう際は、こんなにも強烈な頭痛にまみれていることはないだろう。とにかくおれは、ふらふらとした足で廊下を歩いている。這いずり回っている患者たちをたまに踏みつけながら進んでいる。
 何度か角を曲がると、ようやくシーツが保管されている部屋の前にたどり着いた。どうやら隣の便器室が満員らしく、下半身が茶色くなった患者や看護師や医師が廊下にあふれていた。おれはそんな臭い大衆を横目に、シーツ保管室に入った……。
「あの、息子の方は大丈夫なんですか?」室内にある、まるで赤血球のような赤色の丸椅子に座る老婆が叫ぶ。目の前の医師はうろたえながらも、額の脂汗を丁寧に拭き取っていた。
「どうなんですか!」
「ええ。問題はありません。ただ、どうにも手術までの時間が長いようです」医師は脂汗を拭くのに使った白い布を拳ほどの大きさに丸め、老婆に差し出した。「とりあえず、これでもどうぞ」
「どうも……」
 老婆は受け取った拳ほどの大きさの布を一口で口に入れた。それから何度も咀嚼すると、「まあまあな味ですね」と拡声器で発せられる声よりも聞き取りづらい声で採点を始めた。
「塩の加減はちょうどいいですが、甘さが足りません! まるで小籠包です」老婆はそこで、ようやく口の中にある小籠包と称したそれを飲み込んだ。
「はい。次は頑張ります」医師は座りながらも、静かに老婆に頭を下げていた。
 おれは全身から汗が噴き出すのを感じながら、そっと部屋から退室した。
 廊下にはまだ、便器室が空くのを待っている茶色い大衆があった。おれは他人のうんこにまみれる趣味はないので、その横をそそくさと通り過ぎ、さっさと大衆から発せられるひどい臭いから遠ざかろうと小走りに廊下を進んだ。先にあったいくつかの別室への出入り口を無視して直線に進むと、やがて病院内で一番巨大な手術室の両開き出入り口の前にたどり着いた。

 とても薄い緑色の照明が、巨大な全体を照らしている……。そんな中で両目を閉じて、さらに耳をすませば、様々な悲鳴が聞こえてくる……。男、女、子供、大人、老人、そして警察官。そんな様々な人間の悲鳴……。実際は何も聞こえていないのに、なぜだか耳に悲鳴が入ってきている……。
「つまるところ疑問は一つで、それは、照明器具を片付けた後に開かれる大がかりなパーティに、藍色のスーツを着た上で、満を持して出席することは可能なのか?」
 おれは手術室の出入り口を両手で開いていた。

 手術室で行われている行事にこそ、満を持して出席をするべきなのではないか?
 勇猛果敢な医師「さあ、いよいよ始めようか」
 冷静沈着な助手「はい先生。とりあえず、このメスをお取りください」助手は自身のことを女であると認識している。「そうだ……それから被験者と、観戦をしている皆さまはお静かに」
 二人の白衣を着た人間の前に対して横向きに置かれている検死台の上には、両手両足を縛れられ、さらに腰辺りに黒いベルトを装着させられた全裸の男が居た。ベルトは検死台とつながっているらしく、男がどれだけ暴れたとしても、検死台から落下する心配はなかった。
 ガラス越しに室内を見ている観戦者たちは、二人の医療関係者の手をよく観察する。白いゴム手袋のおかげで視認しやすくなっている指がとても綺麗で、握られたメスも銀色に輝いていた。
 勇猛果敢な医師「まるで年明けだな……」深夜にバラエティ番組を見ている顔で、右手のメスで被験者の腹の皮膚、皮下脂肪を順調に切り裂く……。
 桃色の臓物が見え、助手の性器がじんわりと濡れる。医師は平然とした顔のままメスを走らせ、皮膚や脂肪を切り取り、ついに肋骨を見つけ出す。
 勇猛果敢な医師「よし。ノコギリだ」医師がメスを落とし、助手に手を伸ばす。助手の手にはすでに人骨用のノコギリがあり、それを医師の緑色のゴム手袋が装着されている手に乗せる。
 医師はすぐにノコギリを使用し、被験者の肋骨を切断し、そのすべてを取り出した。
 勇猛果敢な医師「これは高く売れる……」肋骨の乳白色を見ている医師は、確信を得ている声色だった。「次は心臓だ」
 ノコギリを落とした医師の手には、すでに助手から渡されたメスがあった。医師はそれを、肋骨を取り除いたことであらわになった心臓に勢いよく突き刺した。
 医師の顔が楽しそうな表情に変わると同時に、被験者の心臓からは赤色の曲線が伸びる……。
 温かい流血は予想以上に多く激しく、医師の白いマスクが赤く染まった。
 冷静沈着な助手「先生、汗……じゃなくて、血がっ」
 勇猛果敢な医師「ああ、実のところね、私はこの血液の温かさが好きなんだ……例えば、キミがアフリカゾウに踏まれた際のことを思い出してごらん? ほら、高揚が再燃するだろう? 今の僕も同じ感覚なんだ」
 頬を赤らめている医師の隣から助手は歩き出した。勇気のいる一歩だったが、無事に成功し二歩目以降の歩行にもつながった。
 助手はそうして後方の棚に収納されている輸血パックを取り出して、医師の元へと戻った。
 勇猛果敢な医師「どうした?」医師が助手の方を見ると、助手はすっかりマスクを脱ぎ捨てて、自慢の犬歯で輸血パックに必死に穴を開けていた。「彼女がなぜそんなことをするのか、理解ができない」医師はインタビューに答えているつもりだった。
 冷静沈着な助手「これでさらに気持ち良くなれますよね?」そのまま輸血パックの中の血液を医師の顔面にぶちまけた。医師の顔面は一気に赤くなり、少量の窒息感と大量の鉄臭さが襲う。素晴らしい幸福のせいで、医師は左手にあった、被験者から取り出した心臓を床に取りこぼしてしまった。
 勇猛果敢な医師「ああ、キミが拾いたまえ……」すると医師は後方の棚に近寄った。まるで不審者が幼児に飴を差し出す時の素振りによく似ていた。「いい子だ。だからほら、オジイチャンと一緒に遊ぼうね」
 医師は輸血パックを収納していた棚から、一つの輸血パックが紛失していることに気が付く。
 勇猛果敢な医師「おい、どうしてないんだ!」赤い顔はさらに真っ赤になっていた。心臓を拾い終えた助手にずかずかと詰め寄り、そのまま胸倉を掴む。「なんで無いんだって聞いてるんだ!」
 冷静沈着な助手「知りませんよ。ああ、彼なんじゃないですか?」助手は思い出したかのように右隣りの被験者を指さした。指は血液で濡れていたが、その血液が誰のものなのかは、すでにどこのデータベースにも記録されていない。
 すでに開腹をされ、さらに肋骨と心臓までもを喪失している被験者のことを医師も見た。
 勇猛果敢な医師「お前なのか?」
 被験者「そうだ」被験者の目はどこにも向いていなかった。「やつはまるで、優秀な立役者にでもなった気でいる……」
 観戦者たちが大きな声で叫びあう……。

 やつは自分の体を拳銃だと思い込んでいる……。自身でメスを持ち上げて、そのまま腹部に突き刺すことが十分に可能。そしてそこに見えたのは小型の脳みそだった。小さな脳が敷き詰められ、それによって内部の壁が構成されている……。
「やつらは空き缶と呼ばれているんだ。おかしいだろう? どっからどう見たってやつらは人間なのに、何でか空き缶と呼ばれているんだ」インド人になりきっているペンウィーは、とっくの昔に露出した頭皮を撫でながら、カルテをむさぼる。ペンウィーはカルテの質の良い紙を指で撫でると楽しくなる。また彼は基本的に、食事をするのに口を必要をしていない。そして彼が、一体どのような手順で手術を行っているのかを正確に知る人間はいない。
「どうやっているのかって? ははっ! それは僕にもわからないよ」ペンウィーは飲みかけの緑色のお茶と目を合わせた。

 彼ら医療チームは、最も暴力的で惨たらしい文脈での人体解剖方法を、今だに心得ている。
「しかし僕がやっているのは、事実上の蘇生と何ら変わりないさ」
「もしも何らかの理由で被験者に対し、適切な処置を実行できずにいる場合は、ただちに医療の範疇を超えた武装を手に入れてください」冷静沈着が唯一の利点である女医はいつでもカルテの内容を暗記している……。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?