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My Favorite 2020 Japanese Jazz Albums +α

2020年の日本のジャズシーン、もしくは海外で活躍する日本人アーティストのリリースした作品の中から10枚を選んで紹介します。昨年は配信限定リリースを含めて、オリジナリティ溢れる作品がいつにも増して多かったと思います。また2021年、さらに活躍が楽しみな若手アーティストの作品も少し紹介しています。最後まで読んでいただけたら幸いです。

※敬称略、順不同

1.マーティ・ホロベック『TRIO Ⅰ』

オーストラリア出身、現在は東京を拠点に活躍するベーシスト、マーティ・ホロベックの初リーダー作。ピアノにジェームス・バウワーズ(James Bowers)、ドラムスに石若駿を迎えたタイトル通りのトリオ編成。日本のジャズシーンに注目しているとマーティの名前に必ず出くわします。その活動は多岐にわたり、どんな音楽性でも柔軟なビートを刻み、バンドの音楽をより豊かにします。後述するアーロン・チューライと共に今後も日本のジャズシーンに素晴らしい影響を与えてくれることでしょう。初のリーダー作となる本作でも、枠にとらわれない彼の楽曲たちをジェームス、石若と自由に表現。力強いベースが先導する“Let Others Be The Judge of You”でマーティのベーシストとしてのパワフルな面を充分に味わえます。石若らと結成、活動していた「Hishakaku Quartet」のアルバム『First Proxy』でも披露していた“Snack Bar”は、そのアルバムでの演奏と聴き比べるのも面白いのでは。有名スタンダード“Body & Soul”のアレンジも斬新なアプローチ。『TRIO Ⅰ』というタイトルだけに続編が楽しみです。


2.北川潔『Spring Night』

ニューヨークを拠点にケニー・バロンやジョン・ファディスなどのバンドで活躍するベーシスト、北川潔。彼が日本に帰国した際に全国各地ツアーを回る時に共にトリオを形成するのが、片倉真由子(p)と石若駿(ds)。国内屈指の実力者2人と北川はまさに丁々発止、ピアノトリオの格好良さここに極まれり!という熱演を常に繰り広げています。このトリオの前作『Turning Point』も素晴らしい作品でしたが、今回のアルバム『Spring Night』も前作の流れを踏襲しながら、さらにパワーアップしたサウンドを披露。“Cross the Line”や“Side Sleeper”で聴けるような疾走感と迫力を出せるトリオはなかなかいないでしょう。表題曲“Spring Night”での深く幽玄な世界観もこのトリオならではの特筆すべきサウンドを確立していると思います。またアルバムの始まりと終わり、曲間に配される北川のソロベースがアルバムの構成をより重厚なストーリーに仕立て上げています。

‐2017年のライブ映像-


3.広瀬未来『The Golden Mask』

神戸を拠点に全国的に活躍するトランぺッター、広瀬未来。ニューヨークで長年研鑽を積んだ彼は日本に帰国後も順調に活躍を続け、自身の演奏だけでなく、後進の育成にも積極的に励んでシーンの活性化に貢献しています。2018年には自身のオーケストラを率いて『Debut』をリリース、また大西順子セクステットでも重要な役割を担っています。『The Golden Mask』は広瀬にとってはリーダー作としては久々のクインテット編成。広瀬と共にフロントを飾るのはレジェンドプレイヤー、山口真文(ts,ss)。パワフルな広瀬と円熟の境地にいながら、切れ味も抜群の山口という強靭なフロントに片倉真由子(p)、中林薫平(b)、山田玲(ds)という当代随一の腕利きが脇を固める鉄壁の布陣。広瀬の思い描く楽曲を明瞭に表現していきます。“Moonrise”での高揚感、広瀬と山口のグラデーションが美しい“Orange Osmanthus”など聴き所満載。


4.Akihiro Nishiguchi Group『FOTOS』

黒田卓也らとの「メガプテラス」、ブルーノートレーベル創立80周年を記念するプロジェクト「BLUE NOTE VOYAGE」、またMISIAのライブやアルバムへの参加など多方面で活躍中のサックス奏者、西口明宏。彼が継続的に活動を共にしてきた面々で「Akihiro Nishiguchi Group」を結成。メンバーはハクエイ・キム(Key)、ジェームス・マコーレイ(tb、現在はオーストラリアに帰国)、マーティ・ホロベック(b)、吉良創太(ds)。西口曰く、このバンドで音を重ねるうちに必ず作品を作らなければならないと強く感じたそうですが、その気持ちもアルバムを聴けば大いに納得。どの曲においてもバンドサウンドが西口を中心に非常によくまとまっていながら、それぞれの演奏の持ち味を自然と表出しています。“Smoke Wolf”での緊張感漲るサウンド、“Silent Ocean”の穏やかな曲調と“Mangrove”のようにフックの効いたメロディを持つ曲の対比も面白く、聴けば聴くほど彼らの独特の世界観にはまっていきます。全曲西口の作曲による楽曲はどれも粒揃い。このグループがこれからどのように進化、深化していくのか。引き続き注目していきます。


5.黒田卓也『Fly Moon Die Soon』

今やアメリカ本国での活躍にとどまらず、日本ではMISIAとのコラボレーションでハイレベルな作品をクリエイトし続けるトランぺッター、黒田卓也。彼が特に2000年代以降に切り開いた日米ジャズシーンの道筋は確実に花開き、両国間のジャズの距離は縮まったどころか、同時進行で動いているように思います。これまでも素晴らしい作品と発想で我々を楽しませてくれましたが、この『Fly Moon Die Soon』でさらに突き抜けた感があります。自ら作り上げたビートと生演奏を絶妙にブレンド、黒田の情感豊かな厚みあるトランペットが縦横無尽に駆け巡り、聴く者の心を揺さぶります。“ABC”は物凄いグルーヴが体幹に訴えかけてきます。オハイオ・プレイヤーズの名曲、“Sweet Sticky Thing”では溢れんばかりのメロウネスが押し寄せてきます。そして日本盤のボーナストラック、“Do No Why YonYon & MELRAW Rework”も秀逸。リズミカルなトラックの合間をYonYonのリリックが滑らかに乗り、心地良さを持続させます。これを最後に持ってこられると、またアルバムの最初から聴きたくなる魔法にかけられるのです。ジャケットの黄金色に光り輝く黒田卓也はまるで本作の完成度に対する自信の表れのようですが、本作の充実を表すには最高のアートワークだと思います。

6.金森もとい『Invisible World』

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日本のジャズシーンの屋台骨を支える辣腕ベーシストの金森もとい田窪寛之(p)、山田玲(ds)とのレギュラートリオは前作『My Soul Meeting』でもチームワーク抜群、トリオの魅力をしっかり示したアルバムでした。今回のアルバム『Invisible World』も前作の良さは変わらず引き継いでいます。“Tangerine”や“Cheek to Cheek”でのスウィング感はこのトリオの専売特許とでも言うべき爽快な演奏。さらにラスト3曲にストリングスを加え、トリオの可能性をさらに拡張。ピアノトリオ+ストリングスの組み合わせは非常に難しい中、両者の演奏が絶妙にマッチ。ストリングスアレンジを手がけたピアニスト、魚返明未の手腕の賜物でしょう。壮大なスケールを描き切るトリオの表現力がストリングスと高次元に融合した魅力的な作品です。

7.アーロン・チューライ『Raw Denshi』

パプアニューギニア出身でメルボルン、ニューヨークを経て、現在は東京を拠点にピアニストとしてだけでなく、ビートメーカーとしても活躍するアーロン・チューライ。彼は今の日本のジャズシーン(及びヒップホップシーン)に日夜刺激を与え続けていると言っても過言ではない才能の塊です。彼名義としては久々のアルバム『Raw Denshi』はサックスの吉本章紘といった彼の盟友はもちろん、近年音楽的に深く交流するラッパーの仙人掌や、稀有な才能で突出した存在の角銅真実(vo)が参加しています。さて、このアルバムをどう説明したらいいのやら。とにかく耳に飛び込んでくる音、ラップ、声、全てが刺激的。性急なドラムが追い立て、角銅の唯一無二の歌声、語りがあちらこちらから頭の中に響いてまさに不思議な幻惑の中に誘われる“Fushigi”、音の螺旋階段を上り下りした感覚を覚える“Tsu So Tei On”など、アーロンでしか成し得ないサウンド群に恍惚となります。そう、彼が来たるサウンドの方向性を導いてくれている、だから我々はその音にただ身を任せましょう。


8.片倉真由子『Plays Coltrane』

今や日本のジャズシーンに欠かす事のできない傑出したピアニストの1人、片倉真由子。彼女が参加するとバンドサウンドが一層厚みを増し、バンドの目指すジャズが明確に具現化されるように思います。リーダーにサイドに引っ張りだこの彼女が2枚同時発売でリリースしたのが『Plays Standards』と今回選んだ『Plays Coltrane』。両作共にベースに栗谷巧、ドラムスに田中徳崇を迎えたピアノトリオ。この2人は片倉がトリオを録音するなら、ぜひこの2人と!という強い要望から実現した組み合わせ。どちらのアルバムも甲乙つけ難いですが、ジョン・コルトレーンの楽曲にピアノトリオで果敢に挑んだ本作は演奏しているのは3人なのに、出てくるサウンドはその人数以上のパワーを感じます。それは冒頭の“Equinox”から顕著でトリオの勢いに早速圧倒されます。一転、“Theme for Ernie”では切々と語りかけ、慈しむような片倉のピアノの抒情性を堪能できます。彼女の剛柔兼ね備えた懐の広さ、深さに唸らされます。“Resolution”や“Naima”といったコルトレーンの名曲たちはアルバムでの演奏からライブを重ねて、さらにトリオの心身に染みており、より深遠な世界観をこれから創生していくでしょう。


9.熊谷ヤスマサ『Last Resort』

ライブシーンだけでなく、Youtubeやブログでの独自の発信で注目を集めるピアニスト、熊谷ヤスマサ。確かなテクニックと理論に裏打ちされたピアノはクールにまとめる所と熱くエネルギーを放出するメリハリが効いていて、楽曲の持つポテンシャルを巧みに引き出していきます。今までのリーダー作はピアノトリオやデュオ作品でしたが、ついにホーンを入れてのリーダー作『Last Resort』を発売。古木佳祐(b)、山田玲(ds)という長年レギュラートリオとして活動してきた2人に、熊谷がニューヨーク時代からの親交を持つトランぺッターの広瀬未来を加えた編成。広瀬を想定して熊谷が用意したオリジナル6曲とスタンダード2曲は、全編にラテンテイストが散りばめられています。広瀬のトランペットの特性を活かしながら、トリオも曲に巧みに表情をつけていくあたり、長年共演してきたからこそのチームワークの良さを感じます。“Conflict Areas”のようなヒートアップしていく曲での爆発力、“Apologetic Blues”の仄かな哀愁漂うフィールも極上。とにかくアルバム全体の完成度がかなり高いです。

-アルバムと同メンバーでのライブ映像-


10.松丸契『Nothing Unspoken Under the Sun』

2019年にリリースされたアルバム『THINKKAISM』で鮮烈な印象を残したサックス奏者の松丸契。その後の彼の活躍ぶりも凄まじく、石若駿、マーティ・ホロベック、細井徳太郎(ギター)との「SMTK」では様々な音楽要素を詰め込んだ楽曲群の中で異彩を放っていました。そしてついに個人名義でのアルバム、『Nothing Unspoken Under the Sun』を発表。今回も『THINKKAISM』に引き続き、石井彰(p)、金澤英明(b)、そして石若駿(ds)によるトリオ「Boys」が松丸のイメージする音像をソリッドに描き出します。「言葉を発する」というコンセプトのもと、各曲に明確な意味があり、それをサックスでいかに表現するか、非常に興味深いアプローチが展開されています。また2曲あるインタールードは石若とのデュオで演奏されているのも注目してほしい点です。聴き手の想像力を常に刺激してくれる、今までの日本のシーンでも希少な存在感を放つアルバムだと思います。このアルバムとコミュニケーションを取るような感覚で聴き、自分だけの聴き所を発見するとまたさらに味わい深くなってくるのではないでしょうか。私は聴くたびに刺激されっぱなしです。また松丸が定期的に取り組んでいるサックスソロのライブもいつか作品として記録に残る事を期待しています。

以上、10作品が2020年で特に印象に残った作品です。最後に関西、関東、名古屋のシーンで注目すべき作品を紹介します。題して、「2020年のスポットライト!」(笑)。

2020年のスポットライト①「NeJ@M RECORDS

関西の20代の若手ジャズミュージシャンのムーブメントとして、2016年春に始動、2016年、2017年と2回のライブイベントを開催し、その後のシーンに確かな足跡を残した「Next Jazz Messengers」。その3年後、イベントの中心で活躍していたトロンボーン奏者の礒野ノブキと、そのムーブメントの後に台頭してきたサックス奏者の佐藤絵美里が「Next Jazz Messengers」の愛称から冠した「NeJ@M RECORDS」よりそれぞれ初リーダー作をリリースしました。礒野の作品は3管セクステット編成。佐藤はサックス、ベース、ドラムスのコードレストリオ編成。Amazon等で購入できるので全国のジャズファンの方、ぜひ注目を。

2020年のスポットライト②金子彰宏トリオ『No Name Samba』

2020年12月23日、年末の慌ただしい中、Twitterのタイムラインで知ったこのトリオのアルバム。ピアニストの金子彰宏、ベースの小西佑果、ドラムスの中西和音という面々は既にライブシーンで活躍を始めている期待の新鋭たち。2020年8月神楽坂「The Glee」でライブ録音されたという本作は全曲メンバーのオリジナル楽曲(1~3,5曲目は金子、4曲目は金子&小西、6曲目は小西作曲)を持ち寄って、当日の生々しい熱気を見事に詰め込んでいます。2021年はCDリリースも予定しているそうなので、さっそく楽しみができました。

2020年のスポットライト③杉山寛トリオ『From My Tiny Experience』

名古屋のシーンで活躍中のドラマー、杉山寛の1stリーダーアルバム。瞬発力のあるキレの良いドラムが魅力ですが、彼はピアニストとしての一面も持ち合わせている多彩なミュージシャン。作曲も積極的に行っており、全曲彼の作曲によるアルバム、『From My Tiny Experience』をリリースしました。ベースは長く活動を共にする荒川悟志、そしてピアニストは現在の日本のジャズシーンに欠かせない俊英、渡辺翔太を迎えています。アルバム全体が一つの物語のように統一された世界観は白眉。ジャケットアート含めて細部までこだわりぬいた逸品です。

おわりに

とにかく大変だった2020年。そんな中で素晴らしい作品を届けてくれたアーティストの皆様にどれだけ勇気づけられてきたことか。まだまだ大変な状況は続きますが、そんな中でもCD、サブスクリプション、Bandcamp、Youtubeとさまざまな発信方法を駆使して、我々をわくわくさせてくれる音を届けてくれることでしょう。もちろん、その音源のサウンドを実際のライブで、“その時にしか聴けない”演奏で気兼ねなく聴ける日が一刻も早く来ることを願うばかりです。これからも日本のジャズを追いかけ続けます!

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