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人数合わせ

はじまりも終わりもない関係に、ラブソングなんかいらない。はじめたいけどはじまらない。終わらせたいけど終わらない。そんな関係があった。

26歳、大手企業に勤めるただの独身。最近一人暮らしをはじめ、自炊を頑張っている。得意料理は、オムライスと肉じゃが。女性は家庭的なタイプが好みで、同僚からは古いとよく言われる。ちなみに今まで本気で、人を好きになったことはない。恋愛感情というのがよくわからないのが悩みだ。

そんな僕は友人の付き合いで合コンに参加することになった。ちなみに僕は合コンに興味がない。恋愛はめんどくさいからだ。好きな人がいれば、楽しいかもしれないが、その分めんどくさいことの方が多い。そして、僕は女性に良いイメージを持っていない。女性はすぐ騒ぐし、すぐに泣く。仕事でも泣かれてしまうと怒るに怒れなくなってしまうのが厄介なところだ。

最後まで合コンの参加を断ったが、「人数が足りないからお願い」と親友に泣きつかれたため、渋々参加することにした。とはいえ、なぜ男と女はお互いに品定めをし合うのだろうか。優秀な種を残すための生存戦略とも言えようか。別に結婚だけが、人生ではないし、種を残すために生まれてきたわけがない。

そして、合コンはもっと意味がわからない。なぜ知らない男女同士で品定めを行うのだろうか。自己紹介からはじまって、たったの数時間でお互いを品定めるあの時間は本当に有益なものなのか。好きなら好きと言えばいいし、嫌いなら嫌いとすぐに言ってしまえばいい。合コンの途中から作戦会議。僕はなんの興味もないから、「〜ちゃんが良い」とか「空気読めよ」とか本当にめんどくさいだけだ。勝手にやっとけ。

仕事を終え、合コン会場ならぬ居酒屋へと足を運ぶ。女性たちは上座に座り、僕たち男子は下座へと座る。男子が4名、女性が4名。全員が集まり、乾杯の音頭を村人Aが取る。そして、ついにはじまった自己紹介タイム。

自分の自己紹介タイムがはじまり、適当に仕事と名前を吐き捨てて、その場をなんとかやり抜く。4名のうち3名の自己紹介は主張が激しすぎるが、残りの1名の女性は主張が薄すぎる。なぜこの女グループに彼女がいるのかがまったくわからない。もしかしたら僕と同じように、人数合わせのために呼ばれたのだろうか。そんなもんはもはやどうでもいい。早く帰らせろ。

自己紹介が終わり、つまらない話をつまみに適当に酒を飲んでいた。周りが盛り上がる中、まったく盛り上がらず隅っこでひとりカルアミルクを飲む君。なにも喋らない君は、場の空気にうまく馴染めずひとり佇んでいた。一次会が終わり、どうやら二次会が始まるみたいだ。一次会で帰りたかった僕は、当然参加しない。そして、人数合わせで呼ばれた君も参加しないみたいだ。居酒屋の会計を済ませ、お店を出る。僕たち2人以外の搔き合せは、全員別のお店へと消えていった。そして、残された2人で何も話すことなく、駅へと向かう。気まずい。

「えーっとなんで今日の合コンに参加したんですか?」とさっきまで無口だった君が急に口を開いた。

「人数合わせですよ、人数合わせ。僕がいてもいなくてもあの場はちゃんと成立したと思うんですよね。ま、いいや。今度なんか奢ってもらおう」

「じつは、私も人数合わせなんですよ。おんなじですね。合コンなんてつまんないし、全然興味ないんですよね(笑)もう帰りますか?それとももう一軒行きます?」

さっきまで無口だった君は2人になった途端、やけに饒舌になった。無口からの饒舌。彼女に少し興味が出てきたから、もう1軒だけ彼女に付き合うことにした。会社の同僚にバレるわけにはいかないため、僕たちは彼女の最寄り駅まで移動することになった。そして、小洒落たバーへと足を運ぶ。カルアミルクを頼む彼女とマティーニを頼む僕。甘さと辛さが対局になった僕たちはいろんな話をした。仕事や家族の話。好きな音楽の話。僕らの趣味は、まるで正反対だった。

「なんだかはじめましてって、感じがしないね。」と彼女は言う。すかさず僕も「そうだね」と返す。時計を眺めると終電の時間はとっくに過ぎていた。時間を忘れてしまったのは、対局にある話が盛り上がったからか。それとも君への興味が尽きないからか。おそらく後者だ。僕ははじめて異性に興味を抱いているのだ。そんな折に君は「ねえ家で飲み直さない?」と僕を誘う。愛も恋もわからない僕に、君と時間を過ごす権利があるのか。でも、きっとこの誘いを断れば、もう2度と君と会うことはない。僕は君の家に行くことを選んだ。

コンビニでチューハイとつまみ、そして、ハーゲンダッツを買って、君の家へと足を運ぶ。生まれてはじめて一人暮らしの女性の家に入る僕の緊張感は、君に伝わっていないだろうか。もし伝わっていたのなら、それはもう申し訳ない。ああ、なぜ来てしまったんだろうか。後悔ばかりが頭を過ぎり、雑念ばかりが頭に残る。どうやら君はお酒が飲めず、無理して飲んでいたようだ。すっかり酔っ払った君は、お酒を抜くために先にシャワーを浴びる。そして、君の事後、僕もシャワーを浴びる。シャワーを浴び終えた2人は、髪も乾かさず、湿ったバスタオルを床に放置したまま訳も分からず、身を寄せ合う。そして、僕ははじめての夜を、はじめての君と卒業した。

一夜を共にし、朝の6時半に目が覚めた。次の日も仕事を控えていた僕は、隣で寝ている君を起こさないように、慌てて家を出る。いつも通り仕事をこなし、いつも通り家に帰る。通常運転だ。昨日の件で動揺する僕はもういない。

君と一夜を過ごしたあの日以降、君の足掛かりが一切なくなった。僕たちが一夜を共にした家はすでに引き払い、仕事もやめたようだ。そして以後、消息は不明。君がいなくなった理由は、当然僕にはわからない。僕らはこれからちゃんとはじまると思っていた。そんな矢先に行方をくらました君。どこかで元気に過ごしているのだろうか。元気ならもうそれでいい。それ以上になにかを望む権利は僕にはない。お酒も趣味も合わない僕らは、明るい未来を望むこと自体が、すでに間違っていたのだ。

互いに連絡先すら知らない僕たちは、はじまってすらいない。僕の勘違いが、度を越していただけ。僕たちはただの人数合わせで、ただの少年Aと少女A。人数合わせの2人が、幸せになろうなんて烏滸がましすぎたのだ。はじまりのない関係は、終わることができない。そんな僕たち2人にラブソングはいらない。いらないのだ。

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