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金木犀の花言葉に揺れながら

10月、秋も本格的に始まり、世間は金木犀の話題で持ちきりになっている。金木犀の香りが、ブームになったのはつい最近の話。以前までは金木犀が好きな人は好きだけど、今ほどは大衆に見向きもしていなかった。無印が金木犀のコロンを作成したり、いろんな仕掛けをした結果、世間の目は大きく変わり始める。今となっては街に住む人々の大半が金木犀の香りを楽しんだり、写真を撮るようになって。街の至るところに金木犀の香りが現れるようになった。

小学生の頃から金木犀が好きだった僕からすれば、嬉しいような寂しいような複雑な気持ちだ。嬉しいのは間違いないけど、「自分だけの特別」がみんなのものになってしまう様はいつだって寂しい。好きなインディーズバンドが売れてしまって、遠くなってしまうあの感覚。近かったものが遠くなるあの現象にはいつまでたっても慣れない。

金木犀の花言葉は「謙虚」「謙遜」「陶酔」「初恋」。

「謙虚に生きる」ってのが、実は難しくて人はすぐさま傲慢になってしまう。傲慢になって人に見向きもされなくなって、はい、終了。悲しい人生の出来上がりだねって。そして、「謙遜」しすぎても、相手に嫌な思いをさせてしまうこともある。謙虚と謙遜のバランスの取り方を間違えると、人生は急転落してしまう。だからこそ賢い生き方をしなければならない。

でも、そんな生き方に魅力を感じないようになる自分がいて、何が大切かがわからなくなってしまう。大切なのは「自分がどうしたいか」のはずなのに、世間の目が気になって、息苦しくなって、つい息を止めたり、吐いたり、呼吸を整えることに躍起になってしまったりもする。

「自己陶酔」は他人から見れば、醜いものでこれまたバランス良く陶酔しなければならない。自己陶酔のない人生では、自己肯定感は上がらない。自分で自分を認めてあげることが、自己肯定感の向上につながる。「何事もバランス良くだよ」って、そんなありきたりな言葉に、魔が差して、ズブズブ落ちてはい、終了。

「初恋」は儚くとも大概が叶わずに終わってしまう。でも、相手が変われば、僕らはなんどでも初恋ができる生き物。昨日の君じゃなくて、今日の君に恋をする。そうやって恋を更新していけば、いつまでも好きな人が「初恋の相手」となるんだよ。「金木犀を好きな人に贈る」は、「僕の初恋を君に捧ぐ」ということ。初恋ぐらいはロマンチックに行きたいから、今日だけは臭いセリフをどうか許しておくれよ。

「僕は毎日、大好きな君に陶酔する。そして、謙遜しながら、僕の初恋を君に捧ぐよ。」

金木犀が少しずつ街に、香りを付け加える。ある人は金木犀の香りを纏い、ある人は街の金木犀の香りを楽しむ。

金木犀の花言葉に揺れながら、僕はまた君になんども初恋を捧げるよ。


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