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弱い人が羨ましくて情けない

「どこでも一人で生きていけそうだね」

こんな言葉を掛けられたことがある。

僕はほとんど弱音を吐かないから人から強いと思われているのかもしれない。SNS上でもあまりネガティブなことを呟かないように心掛けているしね。

実際そんなことはなくて、一人でいるとずっと弱音ばっかりなんだけど、人に弱い部分を見せることができないから世間の人から強い姿が映ってしまっているみたいだ。

ブログを始めた時も、会社を辞めて独立しても、「リョウタなら大丈夫」と周りからそう思われていた。

でもそんなことはなくて、新しく挑戦をした時は常に不安に襲われているし、なかなか寝付けないこともあった。今も不安だらけでなかなか眠れない夜もある。

今だってそうだ。世間のみんなも不安がいっぱいだから、なかなか素直に弱いところを曝け出せずに、自分の中で消化しようとしている。まあ全然うまくいってないんだけど。

要は自分をかっこ良く見せたいだけなんだろう。周りの人の目を気にしすぎるあまり弱い部分を認められない。自分の見え方ばかりが気になってしまう故の弱さだ。

自分の弱さを素直に認められる人が羨ましい。大抵のことなら自分で乗り越えられるって思ってる自分があまりにも小さすぎて嫌になる。

問題に直面した時はまず「一人で乗り越えなきゃいけない」って思考になってしまう。

「頼ったら迷惑かな」と考えたらどうしても身が引ける。

「助けて欲しい」という言葉が喉元に出てきそうになるたびに喉の奥に引っ込めてしまう。なぜ言葉を引っ込めてしまうのかは自分でもわからない。

本当は今すぐにでも頼りたい。頼ってすぐにでも楽になってしまいたい。

でも自分の小さなプライドがそれを許さないのだ。そのくだらないプライドのせいで、人から強い人だねって思われてしまっている。

くだらないプライドは捨てればいいのに、なぜかできない。自分が弱いと認めることに怯えているのだろうか。できないという事実が弱さを認めることができないことを物語っているよね。

弱いと認めることができないことによる弊害が、強がってしまうに繋がるのだ。だから自分を弱いと認めることができる強さを身に付けたいなと心の底から強くそう思う。

人は思っているよりも強くない。そして、一人で生きることなんてできない。誰かと支えあいながら共に生きている。

弱いことは弱さではなく、強さの証明で、強がりをして弱いことを認めることができないことが弱さだ。僕は自分が弱いということを認められるようになりたい。

弱い部分を見せられる人の方が、人間臭くていいし、周りから好かれていることも多いしね。

いつか強がりをやめることが出来たら良いね。そうすれば自分が生きやすくなるんだろうか。

少しずつやってみようかね。まあぼちぼちいくよ。

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