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仲直りはショートケーキで

同棲している恋人と喧嘩をしたときは、いつも気まずくなる。同じ空間にいるのに、2人ともどこかぎこちない。一言も会話はなく、無言の時間がどんどん流れる。その日のうちに仲直りができれば、問題ないのだけれど、今日は仲直りができそうな雰囲気ではない。

普段はくだらない話で盛り上がったあとに、ダブルベッドで一緒に眠りにつくのに、今日は彼女がベッド、僕はソファーの上にいる。不穏な空気を残したままのリビング。飲みかけのグラスに入ったコーヒーはすっかり緩くなっている。先ほど彼女が言った「もう知らない」が脳裏に焼き付いて離れない。

ソファーの上で、仲直りの方法を考える。こちらから謝るのはマストだとして、どのタイミングで謝るか。いまから誤りに行くか、いや、その行為は焼け石に水である。きっとさらに不穏な空気が流れて、気まずさが増すにちがいない。そのあともあらゆる方法を考えたけれど、どれもしっくり来ないまま時間だけが流れる。頭を抱えているうちに、いつのまにかソファーの上で朝を迎えていた。

さて、朝ご飯は一緒に食べるのだろうか。普段ならば彼女も一緒に起きて、朝ごはんを食べるのだけれど、彼女は今日仕事が休みだ。起こして苛立ちをん爆発されるのも朝から歯切れが悪いと思ったため、1人で朝食を食べることにした。彼女が起きていないため、いってきますのキスもない。なんだかなぁと思いながら会社へ出勤する。

電車に揺られながら今日の仕事のスケジュールを確認。納期がギリギリの仕事があるため、残業は必須だ。仕事が終わるまでに彼女から連絡が来るのだろうか。もしかすると彼女は不穏な空気が残ったリビングで、僕の帰りを待たずに、1人で晩御飯を食べているかもしれない。

会社のPCを起動して、出勤ボタンを押す。10時から打ち合わせがあるため、プレゼンの資料を最終確認をしなくてはならない。仕事中は彼女のことを思い出さなくていいため、とても気が楽だ。目の前に並べられた仕事を黙々とこなすだけで時間が過ぎるけれど、問題は仕事が終わったあとである。きっと、僕は帰り道でまた仲直りの方法に頭を悩ませてしまうんだろう。

お昼休みになっても、彼女からの連絡はまだ来ていない。彼女は休みの日は遅くても10時には起床する。まだ怒りが冷めていないのだろう。一度上がった沸点は、なかなか元の温度には戻らない。それとも僕と同じように仲直りのきっかけを考えてているのだろうか。もし、そうだったらうれしい。

喧嘩の解決の糸口が見つからないまま時間だけがただ流れる。まだ彼女が怒っていたらどうしよう。いつの間にか仕事が手につかなくなってきた。割り振られた仕事がまったく進まない。残業時間がさらに延びる。どうしようもなくなった僕は一旦彼女を忘れることにした。

仕事が終わり、先輩と一緒に駅へと向かう。途中までは同じ方向のため、仕事の話や世間話で盛り上がった。先輩の最寄り駅に着いたため「お疲れ様です」と言って先輩を見送った。

ああ、喧嘩していたんだった。

1人になった途端に現実が襲い掛かる。ちなみに、彼女からの連絡はまだ来ていない。おうちに帰ったときに普段どおり「ただいま」と、言ったほうがいいのだろうか。それとも無言で部屋に入る?後者を選んだ場合の展開が簡単に読める。だから、ぼくは普段通りに振る舞うことにした。

最寄り駅に着いた。21時を過ぎているにもかかわらず、駅前のケーキ屋さんがまだ開いている。安直かもしれないけれど、彼女がいつも食べているお店のショートケーキを買って帰ろう。もしかすると、ショートケーキがきっかけで仲直りができるかもしれないと考えて、いつものケーキ屋さんに入った。

「あれ?今日は彼女さんと一緒じゃないんですね」
「お恥ずかしいんですけど、昨日喧嘩してしまいまして…」
「あ、じゃあ仲直りのきっかけにケーキってことですね」
「そ、そうなんです」
「ケーキで仲直りできればいいですね」
「ありがとうございます。じゃあショートケーキを1つとチョコレートケーキを1つください」

ちがう種類のケーキを買う理由は、彼女はいつも別のものを食べているときに「ひと口ちょうだい」と言うためだ。

「ご自宅までの時間はどれぐらいですか?」
「15分ぐらいですかね」
「ありがとうございます。じゃあまたどうなったか教えてくださいね」

2つ分のケーキ。白い包装紙に入れられた2つのケーキを持って、これから僕は彼女がいる家に帰る。マンションの下に着いて一呼吸。緊張感が全身を走った。鍵をグルリと回して、ドアノブを捻る。

「ただいま」
「おかえり」

玄関のすぐ近くに彼女がいた。2人の間に不穏な空気が流れる。気まずくて仕方がない。少し間を空けて、彼女が僕が持っているケーキ屋さんの紙袋に気づいた。すると、「あ」という声が聞こえた。

「甘いもので機嫌を取ろうと思ったのに、考えること一緒じゃん」
「おんなじことを考えていたのか。ぼくらは似たもの同士なのかもね」

どうやら彼女も僕とおなじ方法で仲直りをしようと考えていたみたいだ。僕が好きなお店のプリンをお昼に買って家でずっと僕の帰りを待っていた。彼女がクスリと笑う。いつも見る彼女の表情だ。

彼女の手元の銀色のリングがキラリと光る。甘いもので機嫌を取るなんて、器用な謝り方ではないのかもしれない。それでも甘いものが仲直りのきっかけになったのは事実である。少しホッとした僕は、じっとケーキを見ている彼女に目線を落とした。

「えっと、昨日は意地張ってごめん。俺が悪かった」
「もうなんで怒ってたのかわからなくなっちゃった。私もごめん。今度からは言い方に気をつけるね」

ぼくたちはケーキがきっかけで仲直りをした。そして、この日以来、喧嘩をしたときに、仲直りをしたいと思ったほうが、ケーキを買ってくるようになった。

「じゃあ一緒に食べよっか」
「どれから食べるか悩むな〜」
「デザートは別腹でしょ?」
「そうだね」

仲直りのきっかけはショートケーキで。冷蔵庫の中に2人分、いや、4人分のデザートが仲良く並べられている。リビングにはいつもの温かい空気が流れていた。

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